神谷くんは折れない

@typefriendsc

第1話

 恋愛は戦である。性淘汰とは生物として基本的な原理であり、古来より異性を取り合うために争ってきた。現代より遥か未来においても、それは例外ではない。


 未来、人類は過酷な環境に適応するために様々な遺伝子を取り込み、進化してきた。テラフォーミングのための手術のようにさまざまな生物の遺伝子を組み込みながら、環境に適応してきた。それでも人口は激減し、恋愛における同性間競争においては現代より苛烈さを極めている。


 カブト化もその一環である。厳しい環境に生き残れるような、より強い遺伝子を残す為に、生まれた瞬間からカブトの遺伝子を埋め込むようになった。その結果生まれたのがカブトバトルである。


 端的に言うとカブト化とは股間をカブトムシにすることで、カブトバトルとは股間をぶつけあわせて戦わせるバトルである。この時代の人間は拳と拳、股間と股間をぶつけてあって喧嘩しているのだ。これは決して下ネタではない。

 

 兜合わせとも一切関係ない。これはこの時代のオリジナルの神聖な儀式である。

 繰り返すが下ネタではない。


 喧嘩以外、例えば何かと競争する分野においても、この時代では股間を使うのが一般的なのだ。股間を使って野球のボールを打つし、股間を使って剣道をする。股間を使わないスポーツは尽く廃れ、スポーツの分野においても、何かを手にするのに強い股間は最早必須と言っても過言ではない。

 恋愛においても強そうなカブト、あるいはクワガタがモテるし、就活においても小さすぎるカブトは足切りされることもある。


 そう、カブト化は人の運命を簡単に決めてしまうのだ。


 だが、カブト化の際に埋め込むカブトの遺伝子は選べるわけではない。最も適応する遺伝子が組み込まれるわけで、言うなれば勝ち組は勝ち組、負け組は負け組と生まれながらに決まっているのである。


 だけど、どの時代にも諦めの悪い男はいる。これは一人の少年がした、身分不相応な恋の話。


 神谷という男がいた。彼はちんちんが他の人とあまりにも違うから、幼少期から迫害を受け続けた。カブト化で埋め込まれた遺伝子はケンタウロスミツノサイカブト。サイズも小さくはないし、グロテスクな形状でもない。むしろ、見る人によっては可愛い印象を受けるかもしれない。

 ただ、この国の人間に多いヤマトカブトムシとは形が違いすぎて、嫌悪感を持たれることも少なくはなかったのだ。このヘラクレスのようなやメジャーなものだったらかえって人気者になれていたかもしれないが、物珍しさがかえって悪いほうにつながった。この国ではマイノリティは悪なのだ。

 だが、神谷は腐ることはなかった。そんなことが気にならないくらい、幼馴染の加賀美に10年以上も恋い焦がれていたから。


「加賀美さん、付き合ってください」

「嫌です」


こうして振られるのも3650回を超えた。

加賀美はお嬢様で、神谷と言えば普通の家庭よりもかなり貧しい部類である。親の稼ぎだけでは食っていけないので、ずっと昔から年齢をごまかして新聞配達を行なっていたくらいには立派な苦学生だった。


 そんな住む世界が違う二人が出会ったのは、裏山の林の中である。虫取りという文化が無くなった未来、偶然にも同じ趣味を持つ二人がお互いに興味を持つのは必然と言えた。

 といっても、彼女が家を抜け出して裏山に来れたのは両手で数えられるくらいの歳迄で、それから頻繁に会うようになったのきっかけは委員会活動の延長の結果である。

 神谷が生徒会に入っていた頃、加賀美は図書委員だった。委員会の視察に顔を出した際に衝動的に告白してから、友達と呼ぶには奇妙な関係が始まった。

 現在は神谷は生物委員で、加賀美は生徒会。お互い夏休み中でも学校に来なければならず、こうして交流が続いている。


 3650回も降られたが、二人の中は決して悪くはない。と神谷は思ってる。

他の女子が神谷を避ける中、加賀美は挨拶を返してくれるし、弁当を作ってくれたこともあった。

 夏休みが終わる迄にどうにかもっと距離を縮めたいと思い、神谷は夏祭りに誘う決心をした。


「君と花火が見たいです」

「無理です」


 はてと思った。いつもは嫌ですと言うところ、今日は無理ですと言ったことに疑問を持った。

「花火は見たいですか」

 コクリとうなずいた。


 そうなると、惚れている男のやることは一つだった。


 加賀美の家の大きな門の前に立つ屈強な警備員。股間の凶悪なそれはコーカサスオオカブトで、格の違いを物語っていた。彼女は一日の決まった時間にしか外に出ることが出来ない。寄り道をして帰ることも、年相応に友達の家に泊まることも出来ない。その答えが目の前にあった。だが、神谷は足を前に踏み出す。


「俺のちんこは短いから届かないかもしれない。だからこそ、一歩前へ!

短いけど、決して折れない!」

 

 神谷のケンタウロスミツノサイカブトがコーカサスオオカブトの腹を突きあげた。

新聞配達や走り込みで鍛えられた脚力で踏み込んだ突きは警備員を吹き飛ばした。


 神谷は加賀美の手を握り走った。やがて二人は息も絶え絶えになりながら廃ビルの屋上に逃げ込んだ。日が落ちて、空の上に大きな花が咲く。


「どうして、諦めなかったんですか?」


 それは何のことを指しているのか神谷には分からず腕を組んでうんうんと悩んで考えたが答えは出なかった。正直に何のことかと尋ねようとした瞬間、神谷の額に唇が触れる。

「美味しそうな樹液が垂れてたので」

 

 加賀美は、小悪魔のように笑って人差し指で神谷の額の汗の滴を掬い取った。

 震えながらようやく口に出した言葉は稲妻のような音にかき消されたが、美しい七色が流静かに頷く少女を照らした。

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