12. a tricky job / Yuki
急な呼び出し状を受け取ってから2日後。
鮮やかな赤色の絨毯が敷かれた廊下を、案内役の騎士に連れられゆるやかに進んでいく。
ここに来るためだけに身に付けなくてはいけない制服は、いつもながらごちゃごちゃしていて…まあ、仕方ないけれど。
僕の後ろを静かについてくる長身の男は、側近のエノク。
家令であるエリヤの双子の兄だ。
普段は外でいろいろな仕事を任せているから、あまり行動を共にすることはできないけれど、こうして公式的に動かなければならない時は必ず同行してくれる。
エリヤに負けず劣らずとても優秀な側近だ。
何度来てもこの煌びやかな空間は慣れない。
来たばかりだと言うのに、早くも屋敷に帰りたい気持ちが浮かんでくる。
僕の背中に突き刺さるエノクの視線のおかげで、なんとか思いとどまっているけれど…。
「神聖騎士団総団長クルス様、ご到着です」
贅を尽くした豪華絢爛な大扉が開くと、すでに各国の王族が揃っていた。
自分たちより遅く来た僕を忌々しそうに見つめるものも多い。
とはいえ、こればかりは定められた順番なのだからしかたない。
『神聖騎士団』
それは教皇猊下直属の騎士団で、
教皇猊下の勅命によって任命される神聖騎士団は、ここに居並ぶ王族たちより上位にあたる。
日頃は僕たちを『墓守』と侮蔑を込めて呼んでいる彼らにとって、本来の序列を見せつけられる今日のような場は屈辱なのだろう。
実際僕らは、彼らができないこと…つまり、死神の脅威から死者の魂と生者の命を守ること…を生業としているけれど、その事で彼らを下に見ているつもりはないのに、逆恨みもいいところだ。
彼らの態度に隠しきれない苛立ちを見せるエノクを後ろ手に制して、僕に与えられた場所へ静かに腰を下ろす。
御前会議用の長いテーブルの、いわゆる上座。
教皇猊下の座す場にいちばん近い位置。
ひとことも発することなくただそこにあるだけで、王族たちは苛立ちや戸惑いを募らせていく。
これもいつもの事。
歳若い僕が上座にいることに納得いかないのだろう。
それが例え『神聖騎士団総団長』という肩書きを持っていたとしても。
ぼんやり座っていると、教皇猊下のための大扉が大きく開いた。
出迎えるべく席を立ち深く頭を垂れると、教皇猊下が席に座られるのを待った。
教皇猊下のみに許された紫の長衣の裾が視界を通り過ぎ、まもなく玉座に着いた音がした。
「楽に致せ」
静かだが威厳のある声が響き、集められたものたちが順に席に着く。
これからどんな話が始まるのか、僕の予想通りであれば実に面倒なことが待っているのだろうな…とこっそり息をついた。
■■■
紛糾した会議の間を辞して、エノクと二人で城を後にする。
後ろに従うエノクの気配に疲れが混じっているのは気のせいではないはずだ。
待たせていた馬車にエノクとともに乗り込み、やっとひと心地ついた僕は、ゆるりと今日のやり取りを思い返した。
「神聖騎士団総団長に死神討伐における
「御意」
「なっ…!猊下、それはっ…!」
突然の猊下からの命令。
異を唱えるまでもなく応じる僕に、周囲がざわめいた。
居並ぶ王族たちが、猊下をなんとか諌めようと慌てふためいている。
そんな中、嫌な予感を抱いていた僕とエノクは、やはりか…という面持ちで静かに視線を交わした。
どうせこんな事だろうとは思っていた。
そもそもここ半年以上、死神の出現が多すぎるのだ。
こういう状況だから、神聖騎士団には早期に警戒態勢を取るよう伝えているし、ここに居並ぶ王族たちにも何度も進言している。
当然、僕の上司たる教皇猊下にも。
しかし、王族たちは彼らで出来るような対処すら何もせず、すべて僕たち神聖騎士団に丸投げ…どころか、情報そのものを信用せず放置してきたのだ。
猊下のいう『特例権限』。
それは、猊下の承認がなくとも、神聖騎士団総団長の裁量で各国の王族たちに命令できる特殊権限のことだ。
今回は、死神討伐全般について。
歳若い僕が上位にいることを快く思わない彼らにとって、僕が総団長としてこの『特例権限』を持つことは何としても避けたいことだろう。
なぜならば、『特例権限』を持った僕からの命令に逆らえば、猊下の名の元に処罰されてしまうからだ。
僕自身、本来はそんな妙な権力は持ちたくない。
が、このまま放置していたら、死者のみならず、
今回の死神絡みの件についてだけ言えば、少しでも迅速に対応できるようになるのはありがたい。
だからこその、快諾。
しかし、生者たちも危険だということに思い至らない彼らの好き勝手な主張は、段々と僕の思考をイラつかせていった。
あのときの嫌な気分を思い出し、また胸の中がスっと冷えていくことに慌てて思考を止めた。
考えたところで仕方ない、もう決定は覆らないのだから。
あとは僕が適宜必要な命令を出していけばいいこと。
視線を感じて目を向ければ、どこか心配そうにこちらをうかがうエノク。
「さて、これから忙しくなるよ、エノク」
僕の言葉に静かに頷くエノクを見て、僕も穏やかな気持ちを取り戻せた。
帰ったらエリヤも混じえて相談しなくては。
今朝はバタバタしていてろくに話も出来なかったけれど、僕の正装姿を見て目を丸くしていた
ふう…と息をつくと、柔らかな馬車の座席に身を沈ませたのだった。
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