瞼の裏のその色は

@aquaharuka

第1話

 ただ遊ぶことが楽しかった小学校。

 精神的にも成長して中学校。

 そして現在。気づけば高校生となった。

 いままで15年間長かったと思いつつも、鮮明に思い出そうとするとどの記憶もそよ風のようにするりと手をすり抜けてゆく。そのたびにもう届かない時間なのだと実感させられ後悔というより一抹の寂しさを感じる。

 小学校も中学校も思い返せば一瞬だったということから鑑みると、高校生活も終わってみれば一行足らずのただぼんやりとした感想が残るだけなのかもしれない。しかし、どうあがいても自分はその一瞬を生きるしかないのだろうし、高校生活は始まったばかりだというのに終わってからの話をしても仕方がない。

 こうして昼休みの屋上から見る学校には多くの活気溢れる若者がいるのだから、きっとこの中の少なくない数の人間は数十ページではきかない量の思い出だけでなく、卒業後も長く付き合いの続く友人を作るのだろう。

「宵宮(よみや)。ぼーっと校庭を眺めてるけどなにを考えてるの?」

 弁当を片付けた彼方が問いかけてきた。

「いや、たいしたことは考えてない」

まあそう言うならいいよ、と彼方は言って続けた。

「宵宮が校庭を観て何を考えるかは分からないけど、僕はいつも活気づいている校庭を見ると安心するんだ」

「どうしてだ?」

「今日もちゃんと世界は動いてるんだなって実感できるから」

「なんだそれは」

「僕以外の世界はちゃんと雲も太陽も車も動いてて、みんなは幸せに生きてるんだなあって思えるんだ」

 彼方とは中学からの付き合いだが、ときどき彼方がひどく精神的に不安定な状態あるように見えることがある。出会ったころからろうそくの火のように触れようとするだけでどこかへ消えていってしまいそうな危うさがあった。本人が気づいているのかどうかは分からないが。

 脳裏に浮かんできた一年前の光景をため息とともに吐き出し、そうか、と適当な相槌を打って彼方の左腕の腕時計に目をやる。

「そろそろ時間だし戻ろう。五限の読解は遅れたくない」

 読解の授業を受け持っている秋石という先生は話も上手く、人気も高かった。



「疲れた……」

 図書館から帰ってきた私は一目散にベッドに倒れこむ。はちきれんばかりに本を詰め込んだバッグはろくに運動をしていない体には重すぎた。

 学校をサボること2週間。春休みから数えると一か月近く学校というものに通っていないことになる。

 どうして学校へ行きたくないのか自分にもわからない。私は一か月前と何が変わってしまったのだろう。髪が伸びるのと比例して、いつのまにか黒いもやもやしたものが胸の中に生まれていた。

 図書館へ行く前から電源をつけたままにしておいたDVDレコーダーは再生をやめ、面はチャプター画面に戻っていた。もう一度始めから視聴するのも面倒になり、DVDレコーダーの電源を切ったとき、机の上で携帯電話が震えた。

 遊姫からだ。

『お姉ちゃん、午後からだけでも来ない?』

 嫌だ。

 適当に返信をして部屋の電気を消し、カーテンを閉める。窓からわずかに入ってくる日差しが目に刺さる。ベッドに体を投げ出し、目を閉じる。

 瞼の奥の深い藍色の中、自分の中へ意識を集中させていく。

なぜ自分は学校に対して拒否反応を示すようになってしまったのだろう。春休みが始まったころはまだ私は自分が高校の始業式に出席していることを疑っていなかったはずだ。だからといって春休みの間になにか特別なことがあったわけでもない。

 どうしてこんなことになってしまったのか。答えは自分の中にあるはずなのに、まったくわからない。頭のなかに縁日の屋台で売っているような安物のおもちゃが入っているような感覚だった。

 そのままベッドに体を預けていると意識は薄れていき、夜、暗闇の中で虫が明かりを目指すように、無意識は自然と魚のようにもっと深く心のなかへ潜ってゆく。

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