素直クールな幼馴染を照れさせたい。

梅酒司

素直クールな幼馴染を照れさせたい。

「お前の好きな人って俺だよな」

「な、なに言ってるの!? バカじゃない!!」


 女の子が顔を真っ赤にして、いまにも手を出しそうなぐらいに突っかかってくる。


「なあ、栞」

「なに、誠一君」


「お前の好きな人って俺だよな」

「そう。私が世界で一番愛してるのは誠一君」


 読んでいた本の主人公を真似したが、栞は顔色一つ変えなかった。


 しかも、まっすぐと俺の目を見ながら言ってきたので、むしろ俺の方が恥ずかしくなる。

 ふわっと肩までの伸びた黒髪を微動だにさせない栞。


 幼馴染の栞とは子供のころからの付き合いだった。

 家が隣で両親同士も仲が良く俺と栞はいつも一緒に居た。

 勉強するときもそうだった。

 だから、同じレベルの学力で同じ学園に行くのは必然だった。


 そして今も図書館で向かい合って本を読んでいた。


「お前って照れないよな」

「そう?」

「照れたことあるの?」

「………………思いつかない」

「それってないってことじゃないか」

 どうやら俺の幼馴染は照れるということをしたことがないらしい。


「ふむ」

 そうなると、栞をなんとかして照れさせたい。


 だが、どうしたものか。


 一般的に照れるときってどんなときなんだ。

 俺はポケットに入れたスマホを取り出す。

 フリック入力で検索エンジンで「照れさせる 方法」と入力した。

 我ながら、ネット初心者レベルの検索ワードだ。


 だが、それでも検索結果がズラッと出てきた。

 出てきた適当なサイトをタップして開く。

 信憑性など二の次だ。

 とりあえず出てきたことをやってみることする。。


 えっと、まずは「褒められたとき」か。


「栞」

「なに?」


 栞は本から視線を移さずに答えていた。


「今日も可愛いよ」

「誠一君のために日々努力しているから」

「……」


 駄目だった。

 俺の顔の熱が上がった気がする。


 次だ。


 次に書かれていたのは「目をじっと見つめる」。


 俺は目の前で本を読んでいる栞の瞳を見る。


 本に目を移していた栞だったが、視線に気づいたようだった。

 本に短冊状のしおりを差し込み、パタンと小さな音をさせ閉じる。

 腕を机に置いて少しだけ前のめりになる栞。

 そして、俺のことを見つめ返してきた。


「……」

「……」


 沈黙。


 俺は栞の丸い瞳を見つめ続ける。


 窓から差し込む夕日のせいか、それとも栞の元々の瞳の色か。

 うっすらと茶色の円はキラキラと輝いているように見えた。

 その中心には小さな黒点がある。

 それがまっすぐとこちらを見つめており、動く気配がない。

 まるで彫刻のように、美しいものをそのまま固めてしまったかのようだった。


 耳の中にカッ、カッっと無機質な音が流れ込む。

 時計の音だ。

 図書館にかけられた壁時計の秒針だろう。


 視線は瞳から外さないが視界の中には栞の整った顔がしっかりと移りこむ。

 すらっとした鼻筋。

 触れば小さな反発をしてぷるぷるとする唇。

 そして掴めば手に馴染むように形を変えるもちもちとした頬。


 長い時間が経過した気がする。

 だが、栞は顔色一つ変わる様子がない。


 駄目だ。

 さっき言われた言葉もあって栞の顔をこれ以上直視なんてできない……。


 俺はスマホに視線向けてしまった。

 そして、次の方法を確認する。

「手を繋ぐ」


「栞、片手を出して」

「はい」


 出された手を繋ぐ。


 指と指の間に俺の指を入れた。

 貝殻繋ぎ、またの名をカップル繋ぎだ。


 栞の細い指を嫌でも感じてしまう。

 すべすべとした細い指。


 ……でも、これっていつも帰り道にしてることだよな。

 いまさら手を繋いで照れるはずないか。


 駄目だ、次だ。

「恥ずかしい思いをさせる」か。


「栞、胸揉ませて」

「どうぞ」


 両手に広がる柔らかい感触。

 男の俺にはない女子特有のもの。


「誠一君、下着外そうか?」

「……」


「誠一君?」

「……あ、いや」

 無心で揉んでいた。


 誰もいない放課後の図書室で女子の胸を無心で揉む男子。


「……ごめん」

 罪悪感から謝る俺。


「これぐらい大丈夫よ」

 栞は別に何とも思ってなかったようだ。

「もししたくなったらまた言って」

 しかもアフターフォローまでついていた。

「私、結構大きいし」

 それは知っている。

「それに、誠一君がほかの女の子に取られるの嫌だから」

「……」


 この部屋の温度が上がったのだろう、顔が熱い。


 これもダメだ。

 次の方法。

 えーっと、「不意打ちでの好き」か。


「なあ、栞」

「なに?」

「好きだ」

「私もよ」


 駄目だ。

 これはいつもやってるやり取りだ。

 不意打ち……不意打ちか。

 なにか別なことをやっていてその途中で言えることが望ましい。


「なあ、栞。しりとりしよう」


 考えた結果、しりとりという何とも安直なことしか思いつかなかった。

 というか、こんな唐突にしりとりをしようって言われてやるはず……。


「いいわよ」


 俺の幼馴染は優しかった。

 栞のこういうところも好きだ。


「じゃあ、俺から"リンゴ"」

「"ゴール"」

「"ルート"」

「"止まる"」

「る、"ルッコラ"」

「"ライバル"」

 またルかよ。

「る……る……"ルーツ"」

「"ツインテール"」


「栞よ、ル攻めしてるだろ」

「ダメだった?」


 駄目ではない。

 駄目ではないが、スが来ないと好きって言えないんだよ。

 だが、それを言っては勘づかれるので。

「いや、そういうわけじゃないが」

 としか言えなかった。


「ルだよな……、る……、"ルール"!」

 と、ここにきてル返しをしてしまう。

 これだけ俺が考えて出なかったんだ。

 終わってしまう可能性もある。


「"ルーズソックス"」


 そんなことはなかった。


「スか……あ、」


 ス来た!!

 だが、慌ててはいけない、自然に。

 自然にだ。


「"好き"」


 さらっと言えた。

 自然に意識せず、これで栞も照れるに――


 が、気が付くと目の前に栞の顔があった。

 次の瞬間。

 唇に感触があった。


 柔らかい、だが小さな反発をする。

 ぷるぷるとした感触。


 その感触が離れると同時に、栞の顔が離れていく。

 俺はいまされたのか――








「"キス"」







 栞が囁く。


「……!!」


 駄目だった。

 絶対に顔が真っ赤になっている。

 今までとは比較にならないほど顔が熱を帯びている。


「しりとり終わり!」

「そう、残念」


 次だ、次の方法だ。

 次に書いてあった方法は。


「いきなりのキス」









 それは今俺がされた方法だっての!


 結果、俺は完全に敗北していた。


「そろそろ帰ろう」

 

 本をしまう栞。

 そして、栞は椅子から立ち上がる。

 鞄を肩にかけて帰る準備をしていた。


「おい、栞。待てよ」


 俺も慌てて帰りの支度をし、先に歩いて行ってしまう栞の後を追うのだった。


 ……

 …………

 ………………


 帰り道。

 栞の左隣を歩き一緒に帰る。


「なあ、栞」

「なに?」

「どうやったら女の子って照れると思う?」


 直接聞くことにしたのだった。


「そうね」


 栞は理由を聞くことなく考えてくれていた。

 こういうところ、栞のいいところだよな。


「男らしいところを見せるとか」

「男らしいところ……? 例えば?」

「さあ?」


 そこまで答えてくれたのに具体例はないのかよ。


「男らしいところね……」


 男と言えば……。

 筋肉か!


「腕に力入れても誠一君は筋肉少ないから無理だと思う」

「そうか……」


 力拳を作ろうとしていた腕の力を抜く。


 そうなると、あとはなにがある……。


「っと」


 目の前から車が来たので栞の肩を寄せ道の端に。

 ここ狭い道だからな……。


「大丈夫か、栞」


「…………うん」


 だが、栞は俺の体に顔を埋めたまま離れない。


 いつものか。

 栞はときどきこうして俺の体に抱き着いてくることがある。

 前に理由を聞いたら「充電切れだから、誠一君を充電」と答えられた。


 普段はクールな栞には似つかない言葉で悶絶しそうになったのでよく覚えている。


 その後、栞の充電が終わると再び俺たちは家路に就くのだった。


 ……

 …………

 ………………


 家の帰り、自分の部屋に戻る。

 今日も両親は帰りが遅いので自分で夕食を用意しないといけない。

「栞の両親も今日は帰り遅いんだっけ」

「そう」


 栞の両親も俺の両親と同じように帰りが遅い日がある。

 こういうときは俺の家で一緒に食べるのがいつもの流れだ。

 幼馴染ということもあり、ここらへんはお互いの両親も了承済みだ。


「今日はなんか疲れたから夕食はあとでもいいか?」

「ええ」


 図書館でのことが疲れた主な理由だろう。


 俺はカーペットの上に寝転がる。

 栞はベッドの上に腰を下ろしていた。


 これがいつもの定位置だ。

 栞を床に座らせるのは申し訳ない、だからといってベッドに栞が座っている状態で寝転がるわけにはいかない。

 ベッドの大きさ的にさすがに窮屈になってしまう。

 だから俺はカーペットに寝っ転がるのだ。


 いつものことながらベッドに座る栞のスカートの中が見えそうだなと思ってしまう。

「中、見る?」

 俺の視線に気が付いたのか、栞はいつものようにそう聞いてくる。

「……今日は何色?」

「黒色」

「………………」


 ちょっとセクシーな色だった。


「……一瞬だけ、チラっと見せて」

「一瞬じゃなくて見たいだけ見ればいいのに」

「一瞬見えるのがいいんだよ」

 チラリズムというやつだ。

 セクシーなやつがチラっと見えるのがいいんだ。


「そう」


 いつものことなので、栞は嫌な顔一つせずスカートに手をかけていた。

 そして、ふわっとたくし上げる。


 そして、すぐに下ろす。


「………………」







 水色だった。





「黒は嘘。今日は水色」


 心の準備をしていたのと違った。

 そのことで逆に興奮した。


「誠一君、水色の方が好きでしょ?」


 計算の上でやったのか。


 今日はいつも以上に栞と触れた一日。

 そして今のやり取りが決定打となった。


 立ち上がり、ベッドに腰かける栞に近寄る。


「栞、嫌だったら言って、途中で止まるとかは無理そうだから」

 栞の肩を掴み、軽く力を込める。

 ベッドに栞を押し倒す。

 まるで人形を押し倒したかのように簡単に倒せる。

 栞の体の軽さを実感してします。


「……栞」

「誠一君。私を照れさせるため、男らしいところ見せようとしてるの?」


 栞はいつもの無表情で俺のことを見つめていた。


「いや、栞を抱きたい」

 と、俺が告白をすると栞は俺に抱き着いてきた。

 まるでいつもの充電のときのように。


「栞、抱くってそういうことではなく」

「ちょっと、待って」

「だから途中で止まるのは無理だって……嫌だったら嫌と」


 抱き着く栞を無理に引き剥がす。


「あ……」

 

 真っ赤だった。

 顔を真っ赤にさせ、栞は照れていた。

 

 それは、まるで充電切れを起こした電池アイコンのように。

 ――真っ赤だった。

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