冴えない彼ら彼女らの、#だったり♭だったりで、なんだかなぁ……な短編集。

あきさん

#どれだけヘタレでも、やっぱり先っちょだけで済む訳がないよね……


 わたしは、この人のどこが好きなんだろう。

 ……あ~、でも、この状況だと、なんでこんな人を好きになっちゃったんだろうって言った方が正しいかもしれないね。


 まぁ、そんな感じで、見事なまでに綺麗な土下座を目の前で見せてくれている彼――ゲーム制作サークル『blessing software』代表兼ディレクター兼シナリオ担当、そして、わたしの恋人である安芸倫也くん――に、わたしは、はぁぁぁぁ……と、それはそれはもう盛大で大仰なため息を吐きながら。

 ……あ、言い忘れてたけど、ここは倫也くんの部屋で、今は夜の一時過ぎ。

「ねぇ、倫也くん」

「なんでございましょう」

「ここまでしておいてそこでヘタレるのは、さすがにないんじゃないかなぁ」

「返す言葉もございません」

 脱ぎかけ……というよりは、脱がされかけの、中途半端な位置で止められたまま放置されているパーカーのファスナーを、暇になった指先で不満げにいじくり回す。

 ちなみに、どうしてこうなったかというと、『事実上の据え膳に手を出しはしたけど、すぐに手を引っ込めたヘタレがいた』ってだけ。

 ほんと、なんだかなぁ……

「せっかくさぁ、恥ずかしいのを我慢してさぁ、………………いいよ って言ったのにさぁ……」

「……誠に申し訳ございませんっ!」

「ごめんなさいが聞きたかった訳じゃないんだよぅ!」

 心のモヤモヤ度合いを訴えるようにベッドのシーツをばふばふ叩いていたら、倫也くんはおそるおそる顔を上げた後、こほんとわざとらしい咳払いをして……

「え、え~っと……それって、つまり……」

「もう知~らない」

 だから、わたしもわざとらしく、ぼふっと枕に顔を埋めた。……今のは別に恥ずかしくてとかそういう理由じゃないんだけどね。

 ただ、なんていうか。

 その後、わたしがこうやって、そっぽ向いたり足をぱたつかせたりして、拗ねたふりしてるとさ……

「め、恵ぃ……」

 ほら、こんな感じに。

 それはそれはもう情けない声で、このままほっといたら泣いちゃいそうな顔で、倫也くんはわたしの名前を呼んできてくれたりする。

 その瞬間が、なんか、ほんとに心からわたしを求めてくれてるみたいで。

 だから、結構、好き。

「……なによぉ」

「あ~、その……じゃあ、もう一回だけやり直し……するか?」

「うわ~、なんかわたしが原因みたいな言い方~」

「い、いや今のは単なる言葉のあやで……」

「つまり、他意はないと?」

「ない」

「……ほんとかなぁ」

「ほんとだってば。マジで他意はないんだってば」

「でも、倫也くんだからなぁ~」

「ほんとのほんとにないから!」

 で、さらにさらに、こんな感じで。

 表向きはフラット気味な態度を装うわたしと、シャープが加わっていく倫也くんの声は、お互いがお互いを打ち消し合うように、いつもどおりの平行線を辿るばかり……

 けど、そんな風に隣り合ったままの線と線でも、どちらか一方が、あるいは双方が、ふとした弾みに傾き始めた途端……

「……なぁ、恵」

「今度は何?」

最初からやり直すって選択肢リセット&ロードは、やっぱなしか……?」

 やがて、線と線の間にあった空間や距離も、、ちょっとずつ狭まっていく。

「……う~ん、まぁ、絶対になしって訳でもないんだけど」

「ないんだけど……?」

「あ~、要はタイミング的な問題というか単に雰囲気の問題というか。あと、やり直した結果またヘタレられたら、さすがにこれ以上はやるせない気持ちの落としどころが」

「ぅ……そ、それについてはまぁ、さっき実際にヘタレたばかりの俺がヘタレないことを保証できる訳なんてどこにもないんだけど……」

 そうして、倫也くんは一瞬だけ、向かい合っていた視線の先を外したかと思うと……

 すぐに、わたしの目の前まで、、近づいてくる。

「それでも、やっぱさ……今日ここで何もしないまま終わらせるのセーブして中断だけは、しちゃいけない気がするんだ」

「……そうなの?」

「だって、俺、あんな状況一緒のベッドで恵に背中を押してもらっいいよって言われても……駄目だった。だからこそ、もし今日このまま何もなく終わったらさ……お前とはずっと、この先も、そういうことが一度もないまま終わるんじゃないかって……」

「え、それは困る」

「いや、だからってそんな風に俺の手をつねられても痛いだけなんだけど……」

 ……おっとぉ。

 とりあえず、今の失態は、わたしの中で誰も見てなかったことにしておくとして……

「でも、倫也くん」

「ん?」

「……もし、もしもだよ? これはあくまでも、もしもの話ね?」

「お、おう……?」

「わたしが駄目って言ってたら……どうしてたの?」

「それは……正直、考えてなかった」

「……そっか」

 それ以上、言葉の深追いをしようとはしなかった。だって、倫也くんの場合、わたしに断られた時のことを考えてなかった理由なんて……結局は、その一つしかなさそうで。

「ほんとに、しょうがない人だよねぇ……倫也くんって」

 だから、ある意味投げやりで、適当に言った“ようにしか”聞こえない言葉に……

 ちょっぴりの呆れと、色々な欲と、胸の奥にある気持ちなんかを、ぐるぐる混ぜながら。

「な、なんだよ急に……え、恵?」

 わたしは、そっと、倫也くんの頬に手を伸ばした。

「どうしても、やり直し、したいんだよね?」

「……ぉぅ」

「どこから?」

「そんなの……最初からに決まってる」

「…………じゃあ、はい」


「お、お邪魔します……」

「お邪魔しますってさ、やっぱりなんか違くない?」

「そのくだり、もやったろ……てか、お前はなんでそんな平気そうなんだよぅ……」

「……案外そんなことないよ?」

「いや、どう見ても普通じゃん。いつも通りじゃん」

「そう見えるだけかもよ?」

「……ほんとに?」

「どっちだと思う?」

「……じゃあ、いつも通りの恵のほうで」

「ぶっぶ~」

「えぇ……絶対嘘だろ、そんなの」

「そう思うんならさ、確かめてみればいいじゃん」

「た、確かめるって、どうやって……?」

「……そこでそれを女の子に聞いちゃうかなぁ」

「ってことは……つ、つつっ、つまり、やっぱそういう……?!」

「……あ~、もう、また始まったよ。めんどくさいなぁ」

「め、めんどくさいってお前……この後の展開次第じゃレーティングつけないといけなくなるんだぞ?!」

「あ~、うん、そうだね。倫也くん次第だけどね」

「お前実はなんだかんだいって案外いつも通りだろそうなんだろ」


「なぁ、恵」

「なに?」

「……近いな」

「……そりゃ、まぁ、こんだけくっついてればね」

「…………」

「…………」

「恵」

「ん~?」

「俺、恵が好きだ」

「うん。知ってる」

三次元リアルのお前が好きだ」

「……うん。それも、知ってる」

「本気で好きだ」

「……別にさ」

「……ん?」

「こうやってキスする時に毎回、何回も言ってくれなくても……もう、充分なんだけどね」

「好きだ」

「……………………うん。わたしも、あなた倫也くんが好き」


「~~~っ」

「んっ……」

「ん……ぅ、ぁ……」

「……ん、んふぅっ」

「……んぷっ」

「はぁっ……」

「…………」

「…………」

「じゃあ、改めてなんだけど、さ……」

「…………」

「…………」

「……………………いいよ


 ここから先は、わたしと倫也くんだけのヒミツ。だって、倫也くんはわたしの……あ~、うん、やっぱりなんでもない。

 とにかく、まぁ、そういうことで。


 おしまい。



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