第58話 決勝レース

 レース進行の先生が手を振り下ろすと同時に、猛スピードで飛び出した竜がいた。勿論サンダーラッシュだ。電雷を身に纏い他の竜が追い付けないスピードで飛んでいく。但し反対方向に。


 他の竜五頭が飛び出した方向と、真反対に飛んでいくサンダーラッシュ。観客たちはそれを見て「またか」と大笑いしているので、きっとこれまでのレースでもやらかしてきているのだろう。


「なっ!? おい! ブレイドの友達はサンダーラッシュの能力を十全に引き出せるんじゃなかったのか!?」


 父が取り乱して俺に掴み掛かる。こんな父も珍しい。


「あのスピードを見れば、十全に引き出されてるのは理解出来ると思う。但し言う事を聞いてくれるかと言えば別の話なんだよねえ」


「何だそりゃ?」


 父でも理解が追い付かない事ってあるんだなあ。そうこうしている内に、周回コースを逆走するサンダーラッシュと、正規ルートを飛ぶ他五頭が交錯する。


 危ない! との声が観客たちから飛ぶが、サンダーラッシュは見事に五頭の竜を掻い潜り、正面衝突を避けて飛び去っていった。と、飛び去った所で急停止するサンダーラッシュ。どうやら自分が逆走していた事に今気付いたらしい。


 慌てて五頭の竜を追い掛けるサンダーラッシュ。しかし既に他の竜たちとは、サンダーラッシュの後ろに迫っている。逆走した分を加算して、一周分は離れていた。それでも追い掛けるサンダーラッシュは、後方に迫っていた五頭を引き離し、グングン前方と距離を詰めていく。


 しかし流石は決勝レース。他の竜たちも相当速い。特に先頭を行く黒灰色の一頭は他の四頭から身体一つ抜け出ていた。次にリオナさんが乗るシエロと、焦茶の竜が身体をぶつけ合いながら二位を争っている。この構図には見覚えがあった。始業式の日に見たレースとそっくりだ。


 どうやらスピードを競う騎竜レースでは、この三頭がネビュラ学院ではトップ3であるらしい。それもサンダーラッシュがいなければだが。


 サンダーラッシュは猛追して後続の二頭を抜き去ると、その勢いのままシエロと焦茶の竜に迫る。焦茶の竜はサンダーラッシュに気付くと、体当たりを繰り返していた相手を、シエロから変更してサンダーラッシュに突進するが、それを下に掻い潜って二頭を抜き去っていくサンダーラッシュ。


 そして身体一つ抜け出していた一頭に迫る。先頭の一頭も、サンダーラッシュには抜かせまいと進路を妨害する。これは奏功し、サンダーラッシュが右に進路を切れば先頭の竜も右に、左に舵を切れば左へ、上だろうと下だろうと、先頭を譲らない黒灰色の竜。この先頭を行く二頭の争いに、観客たちもヒートアップしていく。


 が、それでもサンダーラッシュを完全に抑え込む事は出来なかった。サンダーラッシュは正に雷霆の如く宙空をジグザグに切り裂くと、一気に先頭の黒灰色の竜を抜いて自身が先頭になった。


 追い縋ろうとする黒灰色の竜だったが、サンダーラッシュはそれをグングン引き離していく。


「ふん、やはりな。サンダーラッシュが本気になれば、他の竜なんぞ敵にならん」


 まるで我が事のように誇る父だったが、お忘れだろうか?


「でも、まだ一周差が解消されただけだけだよ?」


「ぐっ、そうだった。何やってるんだ、お前の友達は! 宝の持ち腐れだぞ!」


 酷い言われようだな。カルロスには聞かせられない。そんな事を知ってか知らずか、サンダーラッシュは後続をどんどん引き離していく。やはりサンダーラッシュのスピードは他の竜とは比較にならない。


「ふん、これはサンダーラッシュがもう一度先頭に来るんじゃないか?」


「どうかな? 十周の周回コースを、もう八周もしてるよ?」


「それだけあればサンダーラッシュには十分だ」


 父の言葉を証明するように、抜いた五頭にグングン迫っていくサンダーラッシュ。九周目に入った所で、前方の五頭に追い付いた。


 しかし先を行く五頭にも矜恃プライドがある。決勝レースで二度も追い抜かれるなんて、笑い話にもならないだろう。まずサンダーラッシュに抜かせない事を念頭に入れたかのように、先程まで先頭を争っていた五頭は編隊飛行を始めた。


 サンダーラッシュが右に行けば全体が右に寄り、左に向かえば全体が左に寄る。どうやっても抜かせまいとする五頭だったが、細かくフェイントを織り交ぜながら縦横無尽に飛び回るサンダーラッシュを捉えるのは困難で、四位と五位の二頭が衝突してしまった。その隙にサンダーラッシュが抜き去る。


 残るは黒灰色の竜にシエロ、焦茶の竜だ。焦茶の竜は我慢がきかない性分らしく、迫るサンダーラッシュにまたしても体当たりを仕掛けるが、それをあっさり躱し三位に浮上するサンダーラッシュ。


 そこに立ちはだかるシエロ。シエロはとても賢い竜だ。騎手であるリオナさんの意を汲み取る事に長けていて、正に人竜一体と言うに相応しい。そんなリオナさんとシエロにとって、カルロスをただ乗せているだけのサンダーラッシュの動きは読み易いようだ。


 サンダーラッシュが右に行こうが左に行こうが、上だろうと下だろうと、先を読み切って道を塞ぐ。そうこうしているうちに追い抜いたはずの焦茶の竜が追い付いてきて、サンダーラッシュは前後に挟まれてしまった。


 そしてシエロは急停止して、サンダーラッシュにぶち当たりに行くが、サンダーラッシュはそれを待っていたかのように一声鳴くと、右に回転するように急旋回してこれを躱し、シエロと焦茶の竜が衝突した横をすり抜けて、先頭の黒灰色の竜に追い縋る。


 しかしもうゴールはすぐそこだ。先頭を行く黒灰色の竜はサンダーラッシュの進路妨害なんて事は考えず、最高速でゴールへと駆け抜けて行こうとしていた。しかし相手は父が伝説と呼ぶサンダーラッシュだ。ここでサンダーラッシュはまた一声鳴くと、身に纏う電雷を更に激しいものにして、黒灰色の竜を猛追する。


 レースの決着はゴールまでもつれ込んだ。俺から見たら同着だったが、レース進行の先生や、他の先生たちが集まって、話し合いをしている。それを見守るレースを終えた六騎に観客たち。


「ええ、結果を発表します!」


 どうやら結果が出たらしい。俺の横で父が腕を組んで目をかっ開いている。


「優勝は! カルロス・サンダーラッシュ組!!」


 観客たちから大きな歓声が上がり、父も思わず両拳を天に突き上げていた。一番喜ぶべきカルロスは、サンダーラッシュの上で気絶していたが、手網を離さなかったのだから、立派である。

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