第57話 夢の跡

 月が見える。夜空に満月が浮かんでいる。銀月から柔らかな月光が俺に降り注ぎ、身体を光で満たしていく。温かな光に満たされた俺は、その幸福感にひたる内に身体が夜空に溶け、俺自身が夜空になり、いつの間にか月を抱き込んで温まっていた。


 その多幸感にいつまでも浸っていたい気持ちのうらで、身体はどうなったのだろう? と、ふと思った瞬間、激痛が全身を駆け巡った。


「痛って!!」


 それで目が覚めた。バチッと目を見開くと、見知らぬ天井だったが、似た風景に見覚えがある。ここは寮だ。俺は寮のベッドで横になっていた。


「目を覚ましたか」


 ベッド横の椅子に父が腰掛けていた。


「あ、うん」


 父に返事して上体を起こす。身体の傷は治療されてきれいさっぱり消えていたが、身体がバッキバキで頭がガンガンする。


「ふん、貧弱だな」


 いつもの父だった。あきれ顔でこちらを見ている。


「そうだね」


 自分がまだまだ弱い事は、自分が一番分かっている。アインとの戦い、それだけでなく今までの戦いが回想される。力が足りない、技術が足りない、心気が足りない。足りないものばかりで、寝起きで歯軋りして、それが響いて全身にまた激痛が起こる。


「バカか?」


 多分そうだろう。涙目になりながら溜め息を吐く。


「まあ、それだけ元気なら、ジョストには出られるだろう」


 ジョスト? ああ、〈騎竜・実戦〉の事か。竜に乗って一対一での戦いは騎竜戦ジョストと呼ばれている。この決闘祭の二日目のメインイベントだ。ん?


「ジョスト? レースは?」


 聞き返すと父に嘆息された。


「ふん、もうレースは始まっている。お前は棄権だ」


 ウソ!? 俺、一日眠ってたのか!? 窓から外を見れば、昼の陽光が射し込んでいた。俺は思わずベッドに仰向けに倒れ伏す。その拍子に全身に激痛が走った。まあ、こんなボロボロの身体じゃ、レースに出ても良い成績は残せなかったか。そう思って目を瞑ると、外から微かな歓声が聴こえてきた。


「見に行くか? 今からなら、決勝レースぐらいなら見られるだろう」


「うん」


 俺は父の誘いに乗る事にした。気になって横になっていられないからだ。



 学院から出て原っぱにたどり着くと、丁度レースは決勝が行われる所だった。原っぱの宙空には空間魔法が張り巡らされ、ぐるりと周回するレースコースまで作られている。昨日より規模がデカい。


 決勝レースは六騎で競われるらしく、そこには、カルロスとサンダーラッシュ、リオナさんとシエロの姿もあった。他の四騎は分からない。しかし決勝に出られるなんて、二騎とも凄いなあ。


「おい? あれはサンダーラッシュか?」


 父が愕然とした顔で俺に尋ねてくる。


「そうだよ。乗ってるのカルロス。俺の友達だよ」


「は? ガボットさんがサンダーラッシュを譲渡したのか?」


「そうだよ。カルロスならサンダーラッシュの能力を十全に引き出せるからって。父さん、ガボットさんとサンダーラッシュを知ってたんだ?」


「俺らの世代ではもう伝説だったからな。雷迅ガボットと言えば王都で知らぬ者のいない竜騎士だっんだぞ?」


 へえ、面白いな。いつもムスッとしている父がちょっと興奮している。少年に戻ったようだ。


「しかし、サンダーラッシュが出場するんじゃ、もう、優勝は決まったようなものだな」


 父は決勝はカルロスとサンダーラッシュで決まりだと思っているようだが、果たしてそう上手くいくだろうか? 俺はここ何日かカルロスたちを見てきたので、不安が残る。決勝に残れた事自体不思議なくらいだ。


 そんな不安を抱いて見守っている内に、レース進行の先生が出てきて決勝レースが始まった。観客たちが沸き立つ。


「これより、決勝レースを始める! レースは周回コースを十周して一番速くゴールした人竜の優勝だ!」


 拡声の魔法で大きくなった先生の声がレース場に響く。


「では、六騎ともスタート位置に付け!」


 六騎がスタート位置に付くと、観客は静まり返り、その熱視線だけが六騎に注がれる。レース進行の先生静まり返ったレース場で手を挙げた。


「決勝レース! スタートだ!」


 先生の手が振り下ろされ、レースが始まった。

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