Blade & Dragon Dance 〜月天を焦がす銀剣竜舞〜

西順

第1話 出会い

 竜が目の前に現れたら、皆ならどうする?



 ウチは薬草採りを生業にする山小屋暮らしの一家だ。


 俺と、俺と同じ黒髪が綺麗な妹のノエルは、短髪に刈り込んだ赤茶髪に黒眼の父ランデルの後を付いて朝早くから山を歩き回り、各所に生える薬草を籠一杯に摘んでは、日が暮れる前に俺たち兄妹と同じ黒髪に銀眼の母スィードが待つ山小屋へと帰っていく。


 母は錬金術を嗜んでおり、父と一緒になって摘んできた薬草は、母の錬金術によって回復ポーションへと変えられる。


 そうして回復ポーションとなった物を、何日かに一度、山裾やますそのウーヌム村の道具屋へと卸すのだ。


 ウーヌム村は、村と言うには賑わっている。四方を高い山々に囲われた、徒歩や馬車での移動には苦労するこの村だが、その山々に竜が棲んでいるとなれば話は違ってくる。


 竜。姿形は様々だが体内に魔核コアを持ち、空を飛び、魔法のブレスを吐くアレである。それがウーヌム村を囲む山々には多く生息しているのだ。


 俺も飛翔する竜なら子供の頃から何度も見てきた。蝙蝠のような皮膜のある翼で脚から火を噴いて飛んでいた。


 父からは危険だから見付けたら直ぐに走って逃げろと教わっている。何でも竜は地上を走るのが苦手なんだとか。それでも牙は岩さえ容易く噛み千切り、爪は大木も貫く。口から魔法のブレスを吹き出す様は、正に出会ったが最後、命の危険を感じるものだが、ウーヌム村にはそんな竜がゴロゴロいる。


 何故ならそんな竜を使役する『竜狩り』と言う職業がこの世にはあるからだ。


 竜狩りは何でも、竜と魔法の契約を交わし、目に見えない魔法の鎖で竜の心臓と自分の心臓を結び付け、生死を共にする代わりに、竜狩り、竜の双方を強化するのだそうだ。


 俺はそんな竜狩りに憧れている。竜に乗って空を飛んでみたら、きっと爽快に違いない。竜と共に一体となって風を前面から受けながら、高高度から見下ろす眺望は絶景だろう。


 夕食時にそれを父に話したら、こっぴどく叱られた。あんなものは人間のなるものじゃないとまで諭された。


 そんなにいけない事なのだろうか。でも俺たちはそんな竜狩りを目当てに、回復ポーションを村に卸している。


 そう反論すると、子供が知った風な口を聞くなと叩かれた。何だかとても理不尽で心がモヤモヤして、その日は夜遅くなっても寝付けなかった。



 次の日はウーヌム村へポーションを卸す日だった。眠れず、目をこすりながら瓶に入ったポーションをロバが牽く馬車の荷台にどんどん載せていく。


「お兄ちゃん大丈夫?」


 俺がふらふらしていたからだろう、妹のノエルが心配そうに声を掛けてきた。


「大丈夫大丈夫。寝不足なだけだから」


 俺がノエルにそう返事をしていると、「ふん」と荷台でポーションを並べる父が嫌味な鼻息を吹く。それだけで何を言っても俺に竜狩りをさせないぞと言いたげなのが分かった。



 荷台で妹と二人、ロバに牽かれて村に向かっている内に、俺はいつの間にか眠っていたらしい。目を覚ますと、既に村の停留地と言う名の原っぱで、周りには誰もいない。


 恐らく父は道具屋でポーションを金とポーションを容れる空瓶に変え、ノエルは市に行って母に頼まれた買い物をしているのかも知れない。さて、俺は何をしよう。


 手持ち無沙汰で地面の草を蹴って暇を潰している所に、上空からバサバサと言う音と下風が凄い勢いで地面を叩き付けてくる。


 何事か? と手で顔を覆いながら上空を見上げると、碧色の鱗の美しい竜が、今にもこの原っぱに降り立とうとしていた。


 本物の竜である。これは異常事態だ。普通であれば竜は竜専用の停留地に着陸する。でなければ馬やロバが竜を恐れて恐慌状態になるからだ。


「ヒヒーン!!」


「ブルルルルルッ!!」


 ウチのロバも、近くに放たれていた馬やロバも、いきなり竜がやって来て暴れまわっていた。それをなだめる為に手綱を引くが、言う事なんて聞いてくれない。


「そこの君!」


 そんな事を知ってか知らずか、碧の竜に乗っていた絵物語の騎士風の男は、こちらがロバを宥めるのに必死だと言うのに声を掛けてきた。


「村にある竜狩りの組合所に一報を知らせに行ってくれ! 西のオンセ山に王竜が現れた!」


 それどころじゃないんだけど、と俺が言うより先に、竜狩りは俺にコインを握らせる。これが駄賃と言う事なのだろう。騎士風の男を見る。その目は真剣と言うより切羽詰まっている感じだった。だから俺は暴れるロバの手綱を離すと、一目散に竜狩りの組合所へと走り出した。



 その日は村中、上を下への大騒ぎだった。


 王竜とは千年に一頭、見付かるか見付からないかの伝説の竜の王様らしい。それが村の西に現れたとなれば、組合総出の大仕事だ。


 王竜は捕らえて使役する事は出来ないらしく、殺して素材を売るそうなのだが、鱗一枚で家が建つと言われる程高価なのだとか。そう話してくれた道具屋のおじさんは、ここに持ち込まれても値段が高過ぎて売買出来ないと頭を抱えていた。


 父は興奮して話に聞き入っている俺を引き摺り、妹を市から連れて帰ると直ぐに騒がしい村から出ていってしまった。遠くなっていくウーヌム村から、様々な形や色をした竜が西へ、あるいは王都に援軍を求める為に東へ飛んでいくのが壮観だった。


 その日の食卓の話題は、オンセ山の王竜の話題で持ちきりだったが、父だけは終始不愉快そうだった。



 その日の俺は昼間寝てしまった事もあり、また王竜の話題で興奮していた事もあり、前日以上に眠れず悶々としていた。だからだろう。誰かが玄関から出ていくのに気付いたのは。


 こんな時間に誰だろう? と俺はそうっと玄関扉を開けて外を見る。父だった。夜更けに父はランタンを持ってどこかへと向かっている。気になった俺は後を付ける事にした。


 山道を大人の歩幅でどんどん進む父を追い掛けるのは、大変だったが、なんとか気付かれずに父の目的の場所らしき所にたどり着いた。


 そこは山の中でも少し開けた場所だった。何もない場所で薬草採りの休憩などで使う場所だ。


 そこで父が指笛を吹くと、それに呼応するように下風が地面を叩き付けて何かが降りてくる。俺はそれを知っていた。竜が着陸する時のそれだ。


 俺が風に負けないように上を向くと、そこには、月光に銀の鱗がキラキラと照らされ輝く、美しく巨大な竜が降り立とうとしていた。


「ランデル、お久しぶりですね」


 竜は人語を語り、父の名を呼んだ。この竜は父を知っているのだ。


「何をしに来たんだボーンハイム」


 ボーンハイム、それがあの竜の名前だろうか?


「旧友に挨拶に」


「そうか。なら挨拶は済んだろう。もう俺は帰る」


 と踵を返して立ち去ろうとする父を、ボーンハイムは慌てて呼び止めた。


「相変わらず冗談の通じない人ですね」


「ふん」と父は鼻を鳴らす。


「私はもうすぐ死にます」


「そうか」


「驚かないんですね」


「お前と初めて会った時から、お前は死ぬ死ぬ言ってただろ」


「確かに。でも今回は本当です。私は数日中にも死ぬでしょう」


「…………そうか」


 ボーンハイムと父は別れを惜しむように互いに目で会話していた。それはとても長い時間のようにも感じられた。そしてやおらボーンハイムが口を開く。


「それでランデルに頼みたい事があるのです」


「ふん、そんな事だろうと思ったよ」


 悪態を吐く父にボーンハイムは微笑みで返し、高らかに一声鳴いた。


 すると上空から一頭の竜が降りてくる。ボーンハイムと同じ、銀の鱗をした美しくも、俺でさえ抱えられる程に小さな竜だ。その小竜はとてもボーンハイムに懐いていて、顔をボーンハイムに擦り付けている。


「我が子です」


「まさかその子竜を俺に育てろと言うつもりか?」


「そのつもりだったのですが、気が変わりました」


 ボーンハイムの発言にいぶかしむ父。


「そこの子供、出てきなさい」


 俺はビクッとして木陰から顔を出してしまった。父が、まずいものを見られたと言う顔でこちらを見ている。


「ランデルの子供ですね。スィードに良く似ています。名前は?」


 俺は草陰から月光の当たる場所に出ると、ボーンハイムの顔を見詰めて答えた。


「ブレイド」


「ブレイド。良い名前ですね。ブレイドは竜は好きですか?」


 俺は素直に頷いた。


「そう。ではこの子と仲良しになってはくれないかしら?」


「まさか、ブレイドを竜狩りにするつもりか!?」


 父が声を荒げて制止しようとする。が、そんな父の制止を軽々かわし、ボーンハイムの子竜は俺の元にやって来ると、身体を擦り付けてきた。


「ふふ。もう仲良くなったようですね」


「あのなあ、竜は、竜狩りになるって事は、ロバや家畜を飼うのとは訳が違うんだ。命懸けなんだぞ」


 父は文句たらたらだったが、俺は今この子竜との触れ合いで忙しいのだが。


「ふん、大事にしろよ」


 結果父が折れてくれた。



 森の中、月光の降り注ぐ場所に父の描いた魔法陣が浮かび上がる。


 その中央で、俺は父からは渡されたナイフで自分の指先を傷付け、血を一滴、子竜に飲ませる。すると周りの魔法陣が更に輝き始めた。


「さあ儀式も大詰めです。我が子に名前を与えて下さい」


 ボーンハイムの指示が飛ぶ。名前と言われても、今日初めて会ったのだ。しばし黙考を続けた俺は、ようやく一つの言葉にたどり着いた。


「アルジェント」


 俺が子竜の名前を呟くと、周りの魔法陣が回転を始め、それは次第に鎖へと変化していき、その両端が俺とアルジェントの心臓に突き刺さる。


 しかし痛みはなく、何か熱い鼓動がその鎖を通してアルジェントから感じられた。その鼓動に耳を澄ませていると、鎖はいつの間にか消えていた。


「無事、契約は為ったようですね。では私はこの場から去りましょう」


 ボーンハイムはそう言うと、銀の皮膜の翼をはためかせ、脚から炎を噴射して、天高く飛んでいってしまった。


 残されたアルジェントは、親恋しさかピーピー鳴いていたが、親を追って飛んでいく事はなく、やがて鳴き疲れて俺の懐中で寝入ってしまった。


「帰るぞ」


 それを待っていたかのように父が声を描けてきた。俺は頷き、ランタンを持つ父の後を追い掛けた。

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