第1話 入寮

※本作品は実在する方の体験談や回想を基に再構成し脚色を加えています。登場する地名や法人名などの固有名詞や設定は、実在する人物や場所、団体とは一切関係ありません。


祐機が寮制の武芸中等教育学校に入学したのは、この国を大災害が襲った、12歳の春だった。空港からタクシーで山を回り込んで行くと、西国の桜は満開だった。くすんだ色の校舎の奥に寮はある。

「おはようございます!お預かり致します」

このときが古谷との初対面だった。ワイシャツに紺色のネクタイを締めて、ジャージを羽織っているいつものスタイルだった。

「じゃあ祐機、行くからね」

母は荷造りを手伝ってくれると、タクシーで宿へ去っていった。

夜、消灯時間に祐機は古谷と初めて話した。

「この部屋、なんで電気つけてんだ!?消せよ」

古谷が肩を怒らせて5組の部屋に入ってきた。

「あ、すみません。着替えるのに手元が暗かったので…」

「勝手なことすんな。時間になったら消灯しろ」

初日の夜が終わった。


朝6時前、寒気で目が覚めた。母が買ってくれた厚手の掛け布団がない。ベッドの外に目をやると、部屋の反対側に自分の布団があった。どうやったらあんな所まで飛ばされるのだ。布団を自分のベッドにしまうと、トイレに行きたくなった。廊下に出ると寮監の古城が立っていた。チャックを下ろす仕草をして、トイレか、と尋ねてくる。うなずくと、別の階の巡回に回っていった。

「あそこの塾ってな、学校も経営しとってな…」

ぼそぼそと話す声が聞こえる。祐機が歩いていくと、隣室の班員が勝手に早起きして話していた。祐機の足音を寮監と思ったのか、通りかかると寝ているふりをした。


7時15分、ブザーが鳴る。

「起床!起床!おはようございます」

寮監の林谷が大声で叫びながら起こしにくる。急いで制服に着替えると、階下の自習室に下りた。今日から武景中等での生活が始まる。


「ただいまから武芸中等教育学校1年生入寮式を始めます」

集会センター2階に学校幹部と新入生、父兄が集まった。

「コンニチハ、学校理事のフレッドです。みなさんハ、この学校ヲ自分ノ家だと思っテ、のびのびト暮らしテ下さい」

武芸学院の設立母体となる学校法人はスペインに起源を持つ。以来、学校理事はスペイン系の教育者を迎えて行われてきた。フレッドはまだ40歳そこそこで、学校経営者としては若かった。


その夜、担任教員の紹介が行われた。奈良、池川、板東、綱田、村掛といった、その後薫陶を受けることになる教員たちと、祐機はそこで出会った。


(第2話に続く)

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