第63話 とりあえず箸休めにスピンオフを。01
時は1983年、東京。
僕、桜咲一成は、今日も図書室へ向かう。
もちろん、本を読むためでもあるが、理由はもう一つ。
図書委員で僕の憧れの先輩、湯野原先輩を見るためだ。
3年の湯野原先輩は容姿端麗、頭脳明晰で常に学年トップの成績を維持しているお嬢様。
湯野原財閥のご令嬢であり、桜咲家次期当主の僕とも絶対に気が合う筈だ。
木製テーブルの上に分厚い本を立てながら、図書室の入り口にあるカウンターで本の管理をしている湯野原先輩を、本越しに覗き見る。
ふつくしい。
しかし、その熱視線を遮るが如く、僕の前に誰かが座った。
……ったく、誰なんだ。僕の大切な時間を奪う者は。
「……先輩、前失礼します」
遮った人物、それは——
「またか、柚子原」
「……なにか文句でも? 本を真剣に読んでいらっしゃるなら私の行為に先輩が不利益を被ることはないと思いますが」
「……分かったから。いいよ、別に」
現役女子高生アイドル、柚子原蜜。
俺より1個下で、後輩なのだが俺に対しては何故か当たりがキツい。学園の男子には絶大な人気を誇る。
しかし、芸能時は眩しいほど明るいが、リアルでは冷徹というギャップを持っており、周りには若干引かれてる。(おそらく本人は気づいていない)
この学園には有名企業の御曹司や令嬢が集まり、芸能関係者の多くもこの学園に通っている。
だから、名家『桜咲家』の僕と、アイドルの彼女が面と向かって話しているのはそこまで珍しくはない。
「……あの、考えてくれましたか?」
「考えるって?」
「この前の……告白のことです」
「僕は、君とは付き合わない。先日、君の仕事をテレビ越しで見たことあるが、なんだあの衣装は。嫁入り前の娘が着ていいものではないな。太ももが出過ぎだ」
「あ、あれは仕事上仕方ないんです。……そ、それより先輩、観てくれたんですね」
「っ! ……た、たまたまだよ! たまたま」
「……嬉しい」
彼女といるといつも気が狂う。
1週間前、突然この図書室で話しかけてきた彼女は、いきなり「付き合ってほしい」と言ってきた。
僕は何かの罰ゲームで来たのではないかと思ったが、どうも違うらしい。
アイドルというものがイマイチわからぬが、芸能を生業にするだけあって、端正な顔立ちなのは認めよう。
しかし、だからといって僕が靡くわけではない。
「僕のどこかいいんだ? 習い事ばかりで学友も少なく、実際喋ることもつまらん」
「……ずっと、隣の机で本を読むあなたを見ていました」
「……それだけか?」
「私も、口下手で友達など居ませんし。芸能の時の私は、別の人格なので」
柚子原は罰が悪そうにそう話した。
この図書室は殆ど人がいないから、隣の机を使っているのがいつも同じ人物だということには気がついていた。
しかし、まさかその人物に好かれているとは思わなんだ。
「先輩を好きになりました。だから、隣で本を読みたいです」
「……分かった。とりあえず隣来てもいいから、前に座るのは遠慮してもらえないか?」
「はい」
柚子原はそう言って俺の隣の椅子に座り直した。
「……今は、何の本を読んでいるのですか?」
「太宰」
「それ、医学書ですけど」
「……だ、太宰は医学に精通するものが」
「あまりないと思いますが」
「…………読んでない、何も」
「ですよね」
僕はハンマーで頭をかち割られた気分になる。
この容赦ない攻めに僕の心は見透かされていたのではないかとやっと気がつく。
「僕がしてることにドン引きしたか?」
「いえ。私がしていることも同じだったので」
「同じ? 君も先輩を見ていたのか?」
「はい。見ていたのは私にとっての"先輩"ですが」
「……僕のことか?」
「もちろん」
「……気持ち悪いな」
「本借りに行くついでに、あの3年の先輩に告げ口して参ります」
「ちょっと待て」
「……言われたくないなら、一つ言うこと聞いてください」
こいつはやはり僕にとって厄介な存在だ。
関わらない方がいいのかもしれない。
「要求はなんだ?」
「おデートに行きましょう」
あぁ、やっぱ最悪だ。
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