第54話 JKアイドルさんは体育祭に興味があるらしい。03

 

 この空気……どうにかならないのか。

 保健室のベッドに横になる俺の右側には詩乃が座り、左側には桜咲と恋川が座っている。


「あの……なんでアイドルのお二人がここに」


 詩乃が不思議そうな顔でそう問いかけてきた。

 あー、どこから説明したらいいのやら。

 詩乃には全く話してなかったもんな。


「ひ、閑原くんには! ……その、色々とお世話になってて!」


 桜咲はクラスメイト相手に緊張してるし。


「あー、じゃああなたが航くんの言ってた幼馴染さんですか? へー」


 恋川に関してはノリ軽すぎるだろ。

 はぁ……仕方ない。一から説明するしかないか。


「詩乃、お前には説明しないといけないことがあって」


 俺は詩乃にこれまでのことを包み隠さず話した。

 桜咲と俺に接点があるとバレてしまった以上喋らざるを得ない。


「そうだったのね……。じゃあ、今までのはーー」


 詩乃は恋川を見る。


「そうですそうです。航くんとわたしは1回しか遊んだことないですし」

「……え、1回? 閑原くん?」

「だから言っただろ詩乃?」

「うん。なんかわたし、色々と勘違いしてたみたい」

「閑原くん、1回って」

「でも桜咲さんとはそれだけ色んなところに行ってるのよね?」

「あー、桜咲はまた別っていうか……」


 少し顔が熱くなる俺の横で、桜咲は俺の体を揺らしながら「1回って⁈」と言っていた。


「……そっか。航の気持ち、よく分かった」


 詩乃はそう言って椅子から立ち上がる。


「あの、桜咲さん」

「は、はい!」


 すると、詩乃は頭を深く下げた。


「これから航のこと……よろしくお願いします」

「へ……あ、はい!」

「おい恥ずかしいって」


 詩乃は少し微笑む。


「そろそろ午前の部の結果出るし、戻らないと」


 詩乃はそのままカーテンに手をかける。


「航も、良くなったなら戻ってきなね。みんな心配してたけど、それ以上に航のこと見直してたから」


 そう残して詩乃は保健室を後にした。


「……俺も柄にないことしたな」

「航くん凄かったもん。菜子ちゃんも応援してたでしょ?」

「うん!」

「お前はおにぎり食ってただけだろ」

「あ、あれは! ……お腹空いちゃったから」


 やっぱぶれないなこいつ。

 俺はだいぶ身体が良くなったので再び陽の下に足を運び、クラスの待機場所に戻って午前の結果発表を聞いていた。


「おい閑原! 俺たち午前の部1位だぜ」


 鈴木が興奮気味で飛びついてきた。

 ……とりあえず1位で折り返しか。

 まぁ、あれだけ頑張ったんだから報われないと困る。

 俺が出るのは最後の綱引きのだけだし、残りの時間は適当に過ごすか。

 そう考えながら昼休みはどこか人気のないところで寝て過ごそうと思ったのだが。


「おーい閑原くん」


 この声は……。

 スーツ姿にサングラスをかけた見覚えのある風格。


「えっと、桜咲のお父さん?」


 間違いない、一成さんだ。


「久しぶりだなぁ。ちょっと大きくなったかい?」

「ちょ、頭撫でないでくださいよ」

「いやぁ、嬉しくてねぇ」


 一成さんは白い歯を見せながら俺の頭を撫で続ける。


「こんにちは、閑原さん」


 隣に付き添っていたのは桜咲のお母さん。

 こんなに暑いのに今日も和服姿だった。


「あ、お母さん。お久しぶりです」

「閑原さん、このあとはご予定がありまして?」

「いえ、購買に寄ってから適当に過ごそうかと」

「あ、それならお昼一緒にどうですか? お弁当作り過ぎちゃって。菜子もお手洗いに寄ってからすぐ戻ってきますよ」

「あ、じゃあお言葉に甘……え、て」


 一成さんの手が止まる。

 一成さんの顔を見ると、一瞬笑みが消えていた。


「……閑原くん、君は逃げ」

「一成さん、いいですよね?」

「あ、あぁ! もちろん」


 そして一成さんは苦笑いを浮かべた。

 ……どうしたんだ一成さん。

 もしかして、俺がいるとやっぱり家族の邪魔かな。


「あの、一成さん」

「……いい機会だ、君もこの家の地獄を味わうべきだろう」

「へ?」


 その後合流した桜咲と一緒に4人で木陰に敷いたシートの上に座り、お母さんが作った豪勢なお弁当を中心に囲うように座る。


「わたしもうお腹すいちゃってー」

「さっきおにぎり食ってたのにか?」

「またそれ言う! あれは10時のおやつなの!」

「ふふっ、仲が良くて何よりだわ」


 賑わう俺たち3人とは対照的に一成さんが無表情で弁当箱を見つめている。

 どうしたんだ一成さん。なんか、心配だな。


「あの、一成さん熱中症とかなら」

「だ、大丈夫だ」


 そう言った後で一成さんは「君は自分の心配をしろ」と耳打ちしてきた。

 一体何のことを言っているんだ?


「ささ、じゃあどうぞ」


 お母さんは弁当箱の蓋を開ける。

 すると、中には普通のお弁当とは思えないくらいの豪華なおかずが敷き詰められていた。

 いいとこのおせち並みに色とりどりで、食材も高級なものばかりだ。


「すごく、美味しそうです!」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。遠慮なくたくさん食べてね」

「はい! じゃあ」


 ……ん、待てよこの流れどこかで。

 一成さんの顔をふと見た。

 俺はこの展開……知ってる。

 一成さん、まさか。


「菜子はちゃんと専用のものを用意してますからね」

「わーい! んーっ美味しー!」


 いや、変に俺が深読みし過ぎたようだ。

 ほら桜咲だって美味しいって言いながらあんなに凄い勢いで食べてるじゃないか。

 心配することなんて、何も、な。


 そう思いながらエビフライを口に入れた瞬間だった。


 ✳︎✳︎


「おい、閑原。次の最後の競技だぞー」


 ……あれ。

 鈴木が俺を呼んでいる。


「お、おう」


 俺、何してたんだっけ。

 競技者待機所まで走りながら俺は考える。


 ……っ、そうだ弁当。

 俺は謎の満腹感があることに気が付きながらも弁当を食べた記憶が無い。


 いや、ある……。

 俺は無理矢理忘れようとしていたんだ。

 あの味は……。


「…………桜咲の比にはならない」


 俺はポケットに違和感を覚え、手を入れる。

 一枚のメモが入っていた。


『桜咲家に来るということはそういうことだよ閑原くん』


 一成さん、そういう事だったんですね。

 …………料理の腕はしっかり磨いておこう。


 その後の綱引きも勝って俺たちは優勝したが、俺はそれ以上の衝撃で感情を失っていた。


 ✳︎✳︎


 体育祭の後でいつもの場所に行ってみると桜咲がいた。

 少し待たせたかな。


「ごめん、今日はそのままお父さんたちと帰るのかと思ってたから」

「ううん。わたしもダメ元で来てみたけど……良かった」

「あ、あぁ」


 二人で帰路を歩き出す。

 いつものようにゆっくりと。


「きょ、今日は……手、繋がないのか?」

「え?」

「……あ、いや」


 少し寂しい左手に俺は違和感を覚えていた。


「あー、今日はたくさん動いたから、わたしもしかしたら汗くさいかなって……。あ、でも! ちゃんと制汗剤使ったし、大丈夫だと思うけど……」

「桜咲はいつもいい匂いだし、今もそうだと思うが」

「へ⁈ ……な、なら、はい! 手貸して」


 桜咲は自分の手をこちらに差し出した。

 俺がそれに応えるとすぐに桜咲は俺との距離を詰めた。


「閑原くんも、いつもいい匂いだよね」

「別に普通の洗剤使ってるけど」

「でもなんか……いい匂い。前にジャージ借りた時も寝るまで……あ、いや! やっぱなんでもない!」

「?」


 桜咲は目を逸らし、さらに強く手を握った。

 なんだ? 突然。


「あ、そうだ! わたし来週放送のアイドル運動会出るんだよ!」

「学校だけじゃなくて仕事でも運動会なのか」

「優勝したらスポンサーから米俵もらえるから頑張る!」

「結局それ目的かよ」


 そして1週間後、桜咲は優勝商品の米俵貰って喜んでいた。

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