第53話 JKアイドルさんは体育祭に興味があるらしい。02


 校舎を出て、クラスの待機所に戻ると何やらクラスメイトが話し合っていた。

 クラスメイトの中心で紙を見ながら話しをまとめているのが体育祭実行委員で野球部の鈴木。


「あ、閑原どこ行ってたんだよー」

「悪いちょっとトイレ行ってた」


 鈴木は戻ってきた俺を見つけるとすぐに駆け寄ってきて手に持った紙を俺の眼前に差し出した。


「いいか、大事な話だからよく聞け閑原」

「お、おう」


 俺は突然真剣な顔になる丸刈りの鈴木に圧倒されて口を閉じた。


「次の騎馬戦に出る予定の田中が熱中症で倒れた」

「……あぁ、それは大変だな」

「この紙の補欠リストを見ろ」


 言われて俺はメンバー登録表の補欠リストの名前を確認する。

 騎馬戦の補欠には俺の名前が入っていた。

 ……ってことはおい。


「閑原、お前の出番だ」

「……嘘だろ」

「とにかく次の競技だから準備しといてくれ」

「なぁ鈴木、他の人でなんとかならないのか」

「ならぬものはならぬ。ほら、彼女さんだって応援してるぞきっと」


 鈴木は目線で隣のクラスの待機所を指す。

 そこにはこちらに手を振る恋川がいた。

 あいつ、遠くからならいいと思ってやがる。


「あのな、俺とあいつは」

「はいはい、ラブラブなんだろ。とにかくいいとこ見せろよー」


 鈴木に背中を押されて俺は次の競技者が待機するスペースへと足を運んだ。

 いきなり騎馬戦に出ろとか言われても無理があるだろ。

 クラスメイトに手招きされて俺は騎馬戦の待機スペースに座った。


 手招きしてきたのは俺と組む3人。

 相撲部の吉野、空手部の山田、そしてバスケ部の加藤だ。


「閑原、俺たちが土台で馬になり、お前を持ち上げる。だからお前は必死で他のクラスの鉢巻きをぶんどってこい」


 吉野はその巨体を揺らしながら俺を鼓舞する。


「あのさ、俺が上じゃなきゃだめなのか?」


 俺は3人に率直な疑問を投げかける。


「そりゃそうだろ。身長とか体重的にどう考えてもお前が上になるべきだからな」


 まぁ確かに3人は恰幅がいいもんな。

 そう考えると土台の方がキツそうだし、上乗って適当にバンダナ取ってればいいか。


「よし、行くぞ閑原」


 差し伸べられた加藤の手を取って、俺も立ち上がった。


 ✳︎✳︎


 俺は3人に支えられて上から全体を見渡す。

 騎馬戦、なんとも野蛮な競技だ。


「閑原、しっかり上から指示してくれよ」


 吉野に言われて俺は頷く。


 そしてスタートした騎馬戦。

 俺の指示通りに下の3人は動き出した。


「閑原、弱そうな敵見つけるの上手すぎるだろ!」


 俺は徹底的に貧弱なグループを狙うために指示する。

 吉野は興奮で、声が昂っていた。


「次は左! あいつは絶対に帰宅部だ」

「「「偏見が凄い」」」


 よし、順調順調。

 混戦の中でもスペースを上手く使ってスムーズに動き回っていた。


「凄え、閑原の指示通り動いてたらこんなにも楽に奪えてる。な、山田」

「いや、それだけじゃないぜ吉野。閑原は自分のリーチの長さを活かして、相手との間合いを慎重に縮めてる。このおそろしく速い判断力、俺でなきゃ見逃しちゃうね……」

「何言ってんだ? 山田」


 そんなこんなで帰宅部と文化部を次々と蹴落としていき、残るは俺たちを含めて5組の馬。

 ガチガチの運動部で固められた馬ばかりだった。


「なぁ、もう降参しないか? 運動部怖いし」

「「「いきなり弱気かよ!」」」


 この騎馬戦のルールはよくある残滅戦ではなく、完全に鉢巻きの数なのでここで降りても2位にはなれそうだ。


「だめだ、ここで1位を取らないと学年別午前の部で1位になれない!」

「2位じゃダメなのか?」

「「「ダメだ!」」」


 呑気に会話してる俺たちの前に1組の馬が立ち塞がる。


「その顔、お前が閑原航か」


 その立ち振る舞いと、高校男子とは思えないオールバック。


「け、剣道部の鷹匠(たかじょう)先輩だ」


 武士という言葉が似合う男だった。


「閑原航、貴様の噂はよく聞いている。どうやら恋川美優と仲が良いらしいな」


 その噂って全校に広まってるのか?


「あ、あの、違くて。俺は恋川とは全く」

「髪型も変え、最近のみゆみゆは柔らかい笑顔を見せるようになった」

「みゆみゆ?」

「鷹匠先輩は、恋川の大ファンなんだよ」


 山田が小声でそう教えてくれた。


「へぇ、なんで空手部のお前が知ってんだ」

「隣の剣道場に恋川のポスターが何枚も貼ってあるんだよ」

「それは……ちょっと引くな」


 油断していると鷹匠先輩の馬が接近してきた。


「みゆみゆをかけて勝負しろ。俺が勝ったら手を引け」

「あ、はい。手引きますから降参させてください」

「「「おい閑原!」」」


 もう2位でいいだろ。

 あと恋川と俺はそういう関係じゃ。

 俺は鷹匠先輩と掴み合いになり、その腕の力に押され、防戦一方になる。

 リーチはあっても力はないんだよこっちは。


「私が振ってきたのは剣だけじゃない! この3年間、雨の日も風の日も、みゆみゆのためにキンブレとペンライトを振ってきたんだ!」

「わかりました。だから俺たちもう降参するんで俺のハチマキを」


「航くん! 頑張ってー」


 この声は……恋川。

 恋川は自分のクラスの待機所の一番前に立って俺に声援を送ってくれた。

 ……いや、だからそういうことするから。


「閑原ぁぁあああ!」


 こうなるんですよね。

 鷹匠先輩の気迫がさらに1段階アップする。


「閑原! ダメだ、もう持たないかも」

「吉野、加藤、山田!」

「さっさと先輩からハチマキ取ってくれぇぇ!」


 と、山田は叫ぶ。

 くそ、大人しく降参してればこんな苦労はなかったのによ。


 その時だった。


「閑原くーん! ばんばっべー!」


 さ、桜咲も…………いや、あいつおにぎり食いながら応援してやがる。

 あれで本当にアイドルなのか。


「終わりだ閑原」


 まずい……こうなったら、もうあの技を使うしかないか。

 俺は迫りくる右腕に対して自分の左腕を交差させるようにして伸ばす。


「俺の方が速い、これで」

「……まだまだだね」


 俺は左腕の肘を曲げて先輩の右腕の軌道を変える。


「なっ」


 先輩がよろめく。


「まさか、お前……その技はブラッディクロス……!!」


 そして、その不意をついて反対の右腕で先輩のハチマキを奪い取った。


「よし、取った……っ⁈」


 視界がふらついている。

 突然背中に激痛が走り、気がついた時には真っ青な空を見上げていた。

 そして、そこから記憶が飛んだ。


 ✳︎✳︎


 目が覚めると保健室にいた。

 柔らかい枕に頭を包まれながら、俺は気持ち良く伸びをする。


「あれ、俺……なんで」

「落ちたのよ、馬から」


 隣に誰かが座っていた。

 その声ですぐに誰かは分かった。


「航ったら、無理しちゃってさ」

「……七海沢」


 俺は動揺していた。

 あれから七海沢とは会話できていなかったから、何から話せばいいのか全くわからなかった。


「航。ごめん……」


 突然、謝られたことで俺は驚いてしまった。

 俺の方から謝ろうと思ってたのに。


「その……この前はいきなりビンタしたりして、ごめん!」

「……いや、俺が悪いんだ」

「違う! 私が……何も成長できない私が、悪いの」

「成長?」

「航は、いつまでも同じ感情に囚われてない。だから私より大人びてるし、賢い。でも私は……結局いつまでも同じレールの上を歩いてるだけ。バレーも、日頃の生活態度も、恋愛も……」


 七海沢は俯きながら膝の上に置いた手をギュッと握りしめた。


「だから航に、いつまでも近づけない」

「それは違うよ……詩乃」

「……航?」

「確かに、気持ちの変化はお前より大きかったかもしれない。でも詩乃は、いつまでも俺の命の恩人だし、大切な存在だ」

「……わたしも航は大切、だから」

「……母さんと父さんが死んでいることを知った日、辛くなって家出した俺を探して慰めてくれたのは詩乃だ。詩乃があの日俺を見つけてくれなかったら、今の俺はもういないと思う」


 俺が3歳の誕生日、プレゼントとケーキを買いに出かけた父と母が交通事故で死んだ。

 3歳という年齢では両親の死を受け止められないと判断した道子さんは、俺が小4になるまで両親は海外にいると嘘をついた。

 今となってはその優しい嘘も理解できるが、当時の俺は、裏切られたような気持ちが先行して、やるせない思いを胸に家を飛び出した。


 でも……その道中で、俺の手を引いたのが詩乃だった。


「たとえ、恋愛関係でなくても……ずっと変わらずに優しい詩乃でいて欲しい」

「……航」


 詩乃は、そっと右手を俺の手に重ねた。


「航、わたしね、ひとつお願いがあるの」

「?」


「わたしと、"親友"になって欲しい」


 詩乃の目からは涙が流れていた。

 覚悟の涙、決意の滴が頬を伝って、手の甲に流れ落ちた。


「あれからずっと考えて思ったの。私は航に恋愛を押し付けてたんだって。自分の恋愛感情を航に押し付けて、航に同調を強要してたんだって」

「そんなこと」

「あるの……ずっとそうだったから。航と両思いになれば優しい恋愛が成立するって、どこか心の中では思ってた」

「詩乃……」

「でも違うの。私が本当に航となりたかった関係は違う。隣で支え合って、困ったことがあったらお互いに助け合う」


「私は航と、ずっと仲良しでいたい」

「……分かったよ、詩乃」


 お互い笑い合って、涙を流して、

 俺たちの関係は、ずっと……こうでありたい。


 お互いに気持ちを落ち着かせて、窓の外を見ていた。


「もう午前の部も終わりかな?」

「騎馬戦の次は、確か保護者会のリレーだったよな」

「そうだね。友達も待機所にいるし、そろそろ私もあっちに戻ろうか」


その時だった。


「大丈夫⁈ 閑原くん! ……って、ありゃ」

「航くーん大丈夫? って……。菜子ちゃん、これはちょっとまずいんじゃ」


 突然カーテンが開け放たれ、桜咲と恋川が来た。

 さ、最悪のタイミング。

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