第50話 JKアイドルさんと暇人の本当の気持ち。


 ハロウィンイベントの打ち合わせに、クリスマスライブのための練習。

 さらには12月公開の映画の宣伝のために出演するバラエティ番組の収録も最近は多い。

 ため息をつく暇もないくらい、わたしは忙殺されていた。


 それでも、学校に行けば閑原くんに会えるし、お昼休みにはお話もできる。

 やっぱり電話ばっかりじゃ寂しいもん。


 浮かれながら登校していると、他の生徒に紛れて少し前を閑原くんが歩いていることに気がついた。

 イヤホンをしながら、ボーッとしているところがやはり閑原くんらしい。


 2日ぶりかぁ……はやくお昼にならないかなぁ。

 心を躍らせながら、わたしは少しにやけてしまう。


 あ、話しかけなければいいんだし、こっそり隣とか並んじゃおうかなぁ……。

 周りの人には気づかれてないけど、二人だけは感じ合う……それも、なんかいいなぁ。

 そう思い立って小走りで向かおうとした刹那、閑原くんの隣に誰かが近寄って行き、閑原くんに話しかけていた。


 誰だろあの、長髪のストレートヘアの子?


 閑原くんの知り合い? でも、今まで話してるところも見たことないよね。


 わたしは目を凝らしてその子を見つめる、すると段々と誰だか分かってきた。


 あれ、美優ちゃん? へぇ、髪型ストレートにしたんだ。


 やけに楽しそうに話す二人を遠目で眺めていると少し羨ましくなってくる。


「おいあれ、恋川だよな」

「あぁ」


 目の前を歩く二人の男子生徒のヒソヒソ話が聞こえてくる。


「隣の男も可哀想だよな」

「そうだな、上手いように遊ばれて終わりだもんな」


 美優ちゃんの噂については色々と聞いていたけど、こうやって言われているところを実際に聞いてしまうと友達として少し辛い。


 わたしは耳が痛くなり、その二人より前に出た。

 すると、前を歩く閑原くんと美優ちゃんとの距離が一人挟んだくらいになり、二人の会話が少し聞こえてくるようになった。


「ちょっと! 航くん、聞こえてますよね!」


 ……航くん?


「この前のことまだ怒ってるんですか? 結構、根に持つ人だったんですね」

「根に持ってない」

「じゃあなんでシカトしようとするんです?」

「……朝からうるさいなお前は。ほら、飴やるから黙ってろ」


 閑原くんはイヤホンを外して、鞄からいつもわたしにくれるヴェル●ースの飴を取り出した。

 あぁ、わたしのヴェル●ース。


「わーいっ。あ、わたし今からマニキュアやるので、両手塞がっちゃうんですよー」

「……それで?」

「今から食べさせてください」

「絶対しない。そもそも歩きながらマニキュアやるわけないだろ普通。現にお前の爪はもうキモいくらいに色ついてる」

「あー、キモいって言ったー。そんなこと言うなら今ここで抱きつきますよ?」


 だ、抱き……⁈


「それだけはやめろ」

「なら飴、食べさせてくださいっ」

「…………お前、いつか絶対に泣かせてやる」


 閑原くんは飴の袋を開けて、中からその黄土色の飴を取り出すと、美優ちゃんの口に放った。


「航くんは優しいなぁ」


 閑原……くん。

 もしかして、美優ちゃんと……。


 ✳︎✳︎


 ずっと、複雑な気持ちでだった。

 昼休みもあまり閑原くんと話せなかったし、閑原くんは美優ちゃんとばかり……。

 やっぱり美優ちゃんは、閑原くんと……?

 わたしはいつもの場所へと向かう途中、そのことを考えながら歩いていた。

 その時、スマホに着信が入る。

 閑原くんからだと気がついて、すぐに出た。


「閑原くん?」

『悪い桜咲、用が出来て……少し遅れる』

「うん。分かった」


 電話を切ってから、考える。

 用って……何なのかな。

 そう聞きたかったけど、少し怖くなった。


 もしかして、美優ちゃんと。


 そう思った途端、わたしの足は学校へと走り出していた。

 息が苦しい、日頃からレッスンとかで身体を動かしていても、気持ちのバランスが取れていないと、こうも整わないものなのかと実感する。


 校門を抜けて、とりあえず教室へ向かう。

 どこなのかわからない。でも、行ってみないとわから……な、い。


 静閑な廊下から教室を覗くと、そこには閑原くんと七海沢さんの姿があった。

 わたしは引き戸の前にしゃがみんでそっと身を潜めた。


「急に呼び出してどうした?」

「…………」

「七海沢……?」

「航、なんで恋川さんと仲良いの? この前教室にも来てたし」

「……それに関しては、色々あるんだよ」

「じゃあその色々ってなに⁈」


 七海沢さんの怒号が静かな教室に響いた。


「この前からちょくちょく遊んでたのって、へー、恋川さんだったんだ」

「違う」

「嘘だよ、航はそうやってすぐ嘘つく!」


 パチンッと、頬を叩く音が聞こえた。

 閑原くん……っ!

 わたしは衝動的に身体が動きそうになりながらも、グッとその気持ちを抑えた。


「ってぇ……お前だって、気に食わなければ暴力か?」

「違う! ……航は小さい時から、わたしのこと好きって言ってくれたのにっ……」

「確かに、あの頃俺はお前にそう言っていたかもしれない。でも! ……それは永遠のものじゃないだろ」

「わたしは! わたしの気持ちはずっと」

「……いつまでも俺のことばかり考えるのはやめてくれ。中学の時に、お前の気持ちには応えられないと言ったはずだ。俺の気持ちを知っていながらいつまでも言い続けるのは……やめてくれ」

「でも!」

「もう邪魔しないでくれるか」


「俺は今から……一番好きな奴のところに向かうんだ」


 閑原、くん……!


「だから退いてくれ」


 涙が溢れそうで、心がはちきれそうで。

 何より、今のわたしの気持ちがやっと形になった。


 わたしも……好きだよ、閑原くん。


 わたしはすぐに立ち上がり、学校を出た。

 わたしの待つべき場所で、閑原くんと会うために。

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