第30話 JKアイドルさんは夏休みも忙しい。

 

 高校生の夏休みは想像以上に暇だった。

 課題はほぼ無いし、俺の場合部活もないからマジでやることがない。


「暇だ……」


 暇という割には、桜咲のメールに返信する作業をサボっていることは黙っておこう。


 桜咲は今頃ライブ直前で緊張しているのだろうか。

 今回はネット中継が無いので見ることが出来ない。


「あいつのことだから緊張してるんだろうな」


 ……ちょっと返信するか。


 ✳︎✳︎


 毎度のことながら、本番前の緊張で手が震えていた。

 リハの時もミスしちゃったし、大丈夫かな……。


 リハから一度楽屋への戻る際も、緊張で周りが見えなくなっていた。

 そんなわたしの元へ、メンバーの水無月さんが気にかけて来てくれた。


「菜子、大丈夫?」


 水無月さんはわたしの頬を両手で包み込みながら、わたしの顔色を確認する。


「……やっぱり、緊張しちゃって、えへへ」


 楽屋では、わたし以外のメンバーは気楽に会話していたが、わたしだけ重苦しい空気の中にいた。


「まーた菜子ちん、緊張してるんかー?」


 リーダーの朝霞さんがわたしの頭を撫でながら言う。


「私たちも一緒だで、大丈夫だら」


 メンバーの中で一番歳上の翠川さんも心配して来てくれた。


「すみません。心配かけちゃって」


 ……その時、机の上に置いておいたスマホが光る。

 メール?


 閑原くんからの返信だった。


『今回は見れないけど、応援してる。いつも通りのお前で頑張れ』


 自然と、笑みが溢れる。

 最近返信くれないし、電話では返事適当だけど、わたしが大変な時はいつもメールくれて。

 そういうところが、面倒くさがりの閑原くんらしくて、やっぱり……嬉しい。


「おやおや、このメールって菜子ちんの……アレ、だよな?」

「そーだら、そーだら」

「菜子、良かったわね」


「ち、違いますから!」


 でも、ありがとう閑原くん。

 やっぱりわたしは君に助けられてばっかりだな。


「さてと、菜子ちんも元気出たみたいだし。……みんな、行こう!」


「「「はい!」」」


 ✳︎✳︎


 桜咲のライブ、そろそろ終わった頃か?

 晩飯の支度をしながら、スマホを開くと桜咲からメールが来ていた。

『打ち上げしてまーす。╰(*´︶`*)╯』

 という文と共に、楽屋でラズベリーホイップのメンバーたちと楽しそうに食事をしている写真が送られてきた。


 まぁ、とりあえずライブは成功したみたいで良かった。

『お疲れ様』っと。

 そう返信して、俺は支度に戻った。


「航くん、ご飯まだー?」

「はいはい、もう出来るから」


 リビングでテレビを観ながらダラダラする道子さん。

 暇なら手伝って欲しいものだ。


「あれ、航くんなんか嬉しそうな顔してるけど、良いことあったの?」

「……別に?」


 よし、色々終わったなら約束通り海鮮食べに行くか。




(おまけ)


 ライブ終了後、楽屋でラズベリーホイップのメンバーで打ち上げが始まった。


「菜子、お疲れ様」


 ラズベリーホイップのメンバーはわたしを含めて4人。

 今、わたしにお茶を渡してくれたのは、水無月姫(みなづきひめ)さん。高校3年。

 クールビューティーの文字が最も似合うしっかり者。

 まるでお姉さんみたいで、いつもわたしはお世話になってしまう。


「菜子ちーん、呑んでる〜?」


 ラズベリーホイップのリーダーで元気印の朝霞陽菜さん。大学3年。

 常に活発で、夕方6時の子供向け番組にレギュラー出演しており、老若男女幅広い層からの人気を得ている……が、お酒が入ると面倒くさい。


「はい菜子ちゃん、あーんして?」


 さっきからその大きな胸を押し付けながら、お箸をわたしの口に運んでくるのが、ラズベリーホイップの最年長で癒し担当の翠川麻奈さん。大学4年生。

 天然で、結構抜けてるからわたしより水無月さんのお世話になってる。


「ねぇ、菜子ちんのカレシ紹介してよー」

「そ、そんなんじゃないです! 閑原くんは、友達ですから!」

「えー? そんなこと言ってぇ。菜子ちんさぁ、わたしのこと『ひまはらくん』って呼び間違えてるしぃ」


 この前振り付けの確認で朝霞さんに声をかけようとした時、うっかり「閑原くん」って呼び間違えた時のことを思い出した。


「あ、あれは違くて!」

「『うっかりお母さん』ならぬ、『うっかりひまはらくん』じゃんね」

「翠川さんまでぇ。ほんとうに閑原くんはお友達なんです!」


 すると、朝霞さんが私の肩にそっと手を置いて諭すように話し始めた。


「菜子ちん、そんなに恥ずかしがるなって、カレシが出来れば、きっとその小さなお胸もたわわになるよ」

「え……?」

「ほら、麻奈センパイの見てみろ」


 わたしは翠川さんのを見つめる。

 服の上からでもその大きさがクッキリわかるくらいたわわなそれに、目が離せなくなる。


「おそらく何人にも揉まれた結果だ、大きさが違う」

「誰にも揉ませてないじゃんね!」

「うっそだー、センパイのそれはヤバすぎるって。ほら、菜子ちんもこうなりたいだろ?」

「ちょっと朝霞さん。これ以上菜子に変なこと教えないでください!」

「なんだぁ? 水無月っちゃんも揉んで欲しいのかなぁ?」

「ちょ、朝霞さん! やめっ」

「ほれほれ〜」


 その後、水無月さんのゲンコツで朝霞さんは大人しくなった。


「菜子、今はまだ成長期なんだから気にしなくていいわ」

「そう……ですか?」

「それよりそのお相手、ライブ前にメールくれたんでしょ? 返信しなくていいの?」

「あ、大丈夫です! 毎晩電話してるんで、今日も帰ったら電話しますし」

「へ? ……あの、菜子? もう一回聞くけど、付き合ってないのよね?」

「はい、付き合ってないですけど」

「……毎晩電話してるのに?」


 わたしは首を縦に振りながらお茶を口にした。


「だいぶ拗らせてるわね……。まぁ、あなたらしいわ」

「ほへ?」


 そうして緊張の一日が終わっていった。

 今度休みが取れたら閑原くんと……!


 ✳︎✳︎


 次回予告


「閑原くん、江戸時代に高価だったお寿司のネタって何か知ってる?」

「卵だな。当時は卵が貴重とされていた時代で他のネタが100円、150円くらいなのに対し卵は300円くらいだったらしい」

「へぇ……そうなんだ」

「聞いてきたのに知らなかったのかよ」


 次回「JKアイドルさんは海鮮に興味があるらしい。」

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