第8話 JKアイドルさんは電話に興味があるらしい。


 はぁ……疲れた。

 風呂上りに、ベッドで団扇を仰ぎながら横になる。


 机に置いてあったスマホがバイブして音を立てているのに気がつく。

 どうせ桜咲からのメールだろ、と思ったら、着信だった。


「そういえば屋上で番号交換したんだったな」


 とりあえず出てみると、無言が続いた。

 なんだ?


『あ、えっと、閑原さんのお宅でしょうか』


 いつもと違う、かしこまった声色。

 こいつ家の固定電話か何かと勘違いしてるのか?


「桜咲、俺だ」

『あ、なんだ閑原くんじゃん! 変に緊張しちゃったよー』

「いや、俺のスマホに電話してるのに俺以外が出ると思ったのか?」

『……あ、そうなの? お家にかけてるんだと思ってた』


 あぁ、やっぱボケとかでは無かったのか。


「で? 何か用があったんだろ?」

『……あ、えっとねぇー』


 桜咲の声が一旦途切れる。


『えっとー』

「……用無いんだな?」

『べ、別に用無くても電話していいじゃん!』


 いや、普通に迷惑なのだが。


「友達と電話とか、普段しないのか? アイドル同士なら友達いるだろ?」

『メールはする人いるけど、電話はしない。お互い忙しいって思うとかけづらいから』


 それもそうか。

 同業だからこそ遠慮したりすることもあるよな。


『あ、帰りにしっかり言えなかったんだけど、きょ、今日は色々ありがと。あと、泣きっぱなしでごめん』

「あぁ、別にいいよそれは。それよりお前、そんな泣き虫で大丈夫なのか? 仕事の時とか」

『お仕事の時は泣かないし! 他人の前では……泣けないし』

「じゃあ俺の前でも我慢してもらえるか? 対処に困る」

『それはごめんだけど……閑原くんには気が許せるというかなんというか』


 俺は不満の捌け口か何かだと思われているのだろうか。


『ねぇ、今日帰りに教えたバラエティ番組見てくれた? わたし出てたでしょ?』

「あ……」

『その反応、まさか』

「悪い、風呂入ってたわ」 

『もー! 見てって言ったのに』

「わかったわかった。来週は見るから」

『はぁ。別に無理して見なくていーよもうっ』


 また怒らせちまった。


「そんなに見た方が良かったのか?」

『今日は私服で出演する回で、君はわたしの私服がジャージって勘違いしてるから本当の私服を見せつけたかったのに……』


 なんだそんなことか。と口にしそうになったが、これを言ったら本格的に怒りそうな予感がして喉の奥に押し込んだ。


「あー、分かった。じゃあ、後でネットで調べて見とくから」

『絶対だからねっ』

「はいはい」


 これで少しは機嫌が戻っただろう。


「今日はこれくらいでどうだ? もう寝ないと明日に響くだろ?」

『……うん』


 物足りなさそうな返事をする桜咲。


「今生の別れでもあるまいし。またいつでも電話してくれればいいから」

『……用事なくてもいい?』

「あぁ。だから今日はもう切るぞ」

『あ、ちょっと待って閑原くん』


 桜咲は通話を切ろうとする俺を呼び止めた。


『おやすみ、閑原くん』

「……お、おやすみ、桜咲」


 そして俺は通話を切った。


 おやすみ……か。

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