コント仕掛けの女子高生

へろおかへろすけ

アダムとイヴ

 それは帰路に着く途中での出来事でした。


 突然な土砂降りの雨に襲われた僕は、近くにあったバスの待合所まで走り、雨宿りをしていました。

 苔やカビが張り付く木の囲いと、さび付いたトタン屋根で出来た、経年劣化が著しい待合所は、ぽつりぽつりと、どこかしらから雨漏りしていて、僕はそれをベンチに腰掛けながらボーッと眺めていました。


 さっさと止まないかなー。なんて思っていれば、先程僕が通った道からタッタッタと、雨よけ代わりに両手で持った鞄を頭の上にのせ、勢いよく走ってくる少女が……それは、キーちゃんでした。


 キーちゃんは僕の女友達……クラスメイトで、いつも僕に変な事ばかり言って困らす、変わった……大変ユニークな女の子です。


 キーちゃんは僕の目の前まで来ると立ち止まり、そして僕の隣に座りました。


「まったく参っちゃうよね、こうお天気にイタズラされちゃうと」


 そうキーちゃんは僕に言いながら、ハンカチで体を拭いていました。

 僕は、『お天気にイタズラされちゃうと。』なんてワードが自然に言える感性って良いなぁ。と思いながらに、目はもろにキーちゃんの胸元をガン見していました。 

 だって、雨で濡れて透けた白いワイシャツから水色のブラジャーが見えていたから……正直すごいドキドキしていたのです。

 

 キーちゃんは僕の視線に気付いたのか、バッと胸元を両手で隠し、「どこ見てんのよーッ」と、大きな声を上げました。

 

 静寂が、僕等を襲います。

 

――あーあ、ドキドキしなくなっちゃたなー。なんて、僕のドキドキ返せよ。と、若干苛つきながらも思っていれば、キーちゃんは照れ笑いを浮かべながらに、「今の青木さやかのやつ。分かった?」と。

 僕は正直に、「分かったけど……なんか見ちゃってごめん。」と。


 静寂が、僕等を襲います。


 それは、気まずい雰囲気のまま五分ほど時が経った頃でした。

 突然、キーちゃんは地面を指差し言ったのです。


「ほらアダム! あそこにリンゴが落ちているわ!」と。


――不味い・・・・・・また面倒臭い事に巻き込まれる。

と、危惧した僕は言いました。


「めっちゃ柿だし、まだ青いしね。向かいの家の塀から柿の木見えてるからね、きっとあそこからなにかのはずみで落ちたんだよ」


――頼む。この僕の普通の返答の意味に気付いてくれ。

 そう願ってはみたけれど、そんな願いはキーちゃんには通じませんでした。


「ねぇアダム。私、あのりんご食べてみようかしら!」


 僕は一度、大きな溜め息を吐いてから、言います。


「……ダメだよ、イヴ。神様にあれは絶対に食っちゃダメって言われてるだろ」


 これまでの経験上、付き合うまで終わらないことを僕は嫌という程に経験しているので、仕方が無しに付き合ってしまいます。


「でも私、この間ヘビに言われたのよね、あれめっちゃクソ美味いよ。マジぶっ飛ぶぜ!って」


「あのヘビはラリってんだよ。たぶんポテチ食っても同じ事言うよ、あいつは……。それにまだ、あの柿……あのりんごは青いじゃないか」


「アダム……可哀想な子……あなた色盲なのね。どっからどう見たって赤いリンゴなのに……」


「……ちょっとなに言ってるか分からない。ヘビと何してたの? 君もラリってる?」


「あぁ……可哀想なアダム。でも恥じることないわ、アダム! 誇りなさい! あなたはあのフィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホと同じなのだから!」


 キーちゃんは誇らしげな顔で声高らかに片手を上げ、そう言うのでした。


「……まぁ、始祖っちゃ始祖だからね。あながち間違っちゃいないけど、時代が錯誤してる以外は……」


「あなたは! フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホと同じなのだから!」


 再び、キーちゃんは誇らしげな顔で声高らかに片手を上げ、そう言ったのでした。


 すごくしつこかったので、僕は思わずツッコンでしまいます。


「もうそれ言いたいだけでしょッ。違うよッ僕は色盲じゃないよッ」


「……ちょっとさ、アダム。アレ、あの柿……リンゴ拾ってきてよ!」


 僕がそうツッコミを入れても、キーちゃんは何事も無かったかのようにそう提案してくるのでした。


「今、素で間違っちゃたね……。というか、嫌だよ。」


「どうして?」


「いや、濡れるし。拾ってきたら、食えとか言いかねないし……」


「アダム……世の中は食うか食われるかよ!」


「……もうリンゴ食ったヤツの発想じゃん、それ」


「もういいわ! 私が拾ってくる!」


 そうキーちゃんは言って、柿を拾いに待合所から出ていきました。

 彼女のその無意味なやる気はどこから湧くのだろうか。なんて僕は考えながらにボーッと眺めていれば、ずぶ濡れになりながらも柿を拾ったキーちゃんが、小走りで帰ってきました。


「……お帰り。」


「行かなきゃよかった。寒い……。」


「でしょうね。」


「でも! きっとこれを! このリンゴを食べれば、たちまちに体が暖まることでしょう!」


「それは良かったね! イヴ! さぁ!もう面倒臭いから食べちゃいな!」


「……。」


 キーちゃんは手に持つ柿を暫くの間眺めて後、僕に手渡してきました。


「え?」


「ほら私、アダムの肋骨から出来てるじゃない?」


「そういう設定あったの?」


「うん。だからさ、アダムに譲るよ、先に食べていいよ」


「イヴ……絶対ビビってるでしょ?」


「全然食べることに躊躇なんてないわ! つまりビビってない! 優しさ! これはそう!バファリンの倍……100の優しさよ!」


「……でも僕、べつに寒くないし。だからこれは僕の優しさ。先に食べなよ、イヴ」


「優しさは時に残酷なものになりかねないのよ、アダム」


「……キーちゃん、マジでなに言ってんの?」


「……ごめん、ちょっと分かんない。」


 僕が冷めた口調でそう聞けば、キーちゃんは罰の悪い顔でそう返してきました。


「とにかくさ、イヴ食べなよ。僕はいいよ、もうすぐ夕飯だし」


「早くない? まだ五時前だよ?」


「僕の家、お父さんが帰ってくるの早いから、五時半なんだよ、夕飯」


「へぇー。じゃあ良いじゃん、食前のデザートってことで一気に食べちゃいなよ」


「どこにも良い要素がないよ。じゃあもうどっちも食べないってことで良いんじゃない?」


「私たちが食べなかったら、このリンゴ……どうなっちゃうんだろうね?」


 と、すごい悲しそうな顔で、キーちゃんは聞いてきました。


「それは……」


「きっとさ、車に踏まれてグチャグチャになって一生を終えるんだよ……。そんなのってあんまりじゃないッ。可哀想よッせっかく生ったのにッ」


――じゃあ、キーちゃん食えよ。と僕は素直に思っていました。

 

 暫くの間、沈黙が続きました。

 トタン屋根にはじかれる雨音がいやに大きく聞こえてくる中、僕は思いついてしまいました。


「そうだ! 今日さ、現国の小テスト返されたじゃん!」


「……うん。」


「あの小テストの点数低かった方が食べるっていうのはどう!?」


「……いいわよ。」


 僕はその小テスト、98点なのです。負ける筈がありません。

 それに僕が提案した時、キーちゃんは浮かない顔をしていたのを僕は見逃しませんでした。

 もうこれは勝ったな!と、自信すら生まれていたのです。

 そうです、これはフラグです。


「僕は98点だったよ!」


「私は……ゼロが……あったは……」


 「えっ!? 0点てこと!? キーちゃんそんなバカだったの!?」


 なんて僕が驚き聞けば、彼女は呟くのでした。


「二つほど……。」


「……百点じゃんッ。」


「百点ですがなにか?」


「もうその回りくどい言い回し二度としないでッ」


「ごめんごめん! じゃあもう思い残すことはないよね? 食べて!」


「なにそれ僕これ食ったら死ぬの!?」


 キーちゃんは僕の肩に手をのせ、優しい声音で言いました。


「アダム……敗者に掛ける言葉はないわ」


「……。」


 もうどうにでもなれッ。と、僕はその青々としたリンゴ……柿を一口噛みました。

 味は……美味くもなく不味くもなく、苦くもなく渋くもなく、だからといって甘くもなく……。

 予想を遙かに超えるほどの、それは無味でした。


「すごい! キーちゃん、これすごい! 超不思議! 無味! 超絶に無味だよ!」


 そう僕が興奮しながらも、キーちゃんの方へと顔を向け報告した時でした。

 キーちゃんは顔を真っ青にしながら、柿を見ていました。


「え?」と、僕も柿に視線を戻せば、噛み口から垂直に芋虫のようなものが一匹、果実から半身を出し、にょろにょろと動いていました。


 僕は全身に鳥肌を立たせながら、白目を剥いてしまいます。

 

 キーちゃんはといえば、そんな僕を置き去りに全速力で走り去っていきました。



 これは余談ですが、一人待合所に取り残された僕が土砂降りの雨にも負けないくらいの、マーライオンかな?ってくらいに嘔吐をかましたのは、ここだけの話です。

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