第3話 迷宮に消えた忍者

 冒険者ギルドには様々な掲示版がある。仕事の依頼、アイテムの売買、広告、仲間の募集と多岐に亘る。ハルトはその中で、尋ね人の掲示板を見ていた。


 掲示板は冒険者となった親戚、友人、家族を探すためのもの。迷宮で行方不明になった人間の捜索依頼もある。


 迷宮で行方不明になった人間はほとんどが死んでいる。なので、たいていは遺体の探索となる。


 運よく遺骨や遺灰を回収でき、アンデッド化していなければ幸運。なおかつ、探している人間に金があれば、超幸運。


 運命神の寺院では死者の蘇生もやってくれる。


 ハルトは尋ね人の掲示板の中から、迷宮で行方不明になった人間の情報を調べていた。


 注意すべきは古い紙。もう、誰も探していないような古い依頼を探した。

 新しい掲示に埋もれた古い掲示の一枚を外した。


『尋ね人。ムーラン・霜村、職業・忍者。不穏の湿地で行方不明』


 ハルトはオウラに尋ねる

「忍者って、なに?」


 オウラが知的な顔で教えてくれた。


「東方の島国で発達した職業です。忍術と呼ばれる特殊な術を使います、武技にも秀でた暗殺者です。達人ともなれば、手練れの剣士に気配を気付かせずに近付き、命を奪う技が可能です」


「なかなか、期待できそうな人材だね。でも、いいこと尽くめなのかい?」


 オウラが付け加える。

「忍者は他の戦闘職に比べて、毒などの状態異常に弱いです。また、魔法職に比べると魔法にも弱い。罠などの解除技術に関しては本職の盗賊には劣ると評価されています」


「完璧を求めるほうがどうかしている、か」

 忍者に関する尋ね人を探す。忍者だけでも五十件あった。


 その中で古く危険な場所で行方不明になっているのが二十人いた。

「よし、これも何かの縁だ。まず、霜村を探そう」


 ハルトは街の入口にある転移門に向かう。転移門に触れると、メダルが反応した。

 一瞬の光のあと、ハルトはどんよりした曇り空の下に広がる湿地にいた。


 湿地ではガスが発生しているのか、沼からはぼこぼこと気泡が上がっている。

 オウラが捜し人の魔法を唱える。オウラが難しい顔で告げた。


「霜村かどうかわかりませぬ。ですが、湿地の中心部にそれらしい反応があります」


「手懸かりがないよりは数段いい。腕が立つ忍者が必要だ。人違いならそれでもいい」


 湿地には細い道があり、ハルトは歩ける場所を探しながら進んで行く。

 湿地には妙な霧が掛かっており、視界は三十mしかない。


 オウラは翼が広げて宙に浮く。


 マンティコアの蝙蝠の翼は揚力で飛ぶのではない。魔力で飛ぶ。なので、空中に浮かんで、ハルトの速度に合わせて進む行動が可能だった。


 オウラが澄ました顔で警告をする。

「お気を付けて、ハルト様。この不穏の沼は人の心に反応します」


「具体的に、どんな反応をするの?」


「人の持つ不安や焦りに反応して、人の足を絡め取るのです。下手をすれば、足を取られて、そのまま、あの世行きです」


 ハルトは可笑しくて笑ってしまった。

「あの世に行く? この僕が? あの世行きは有り得ないよ」


 天国も地獄も僕にはほど遠い場所。僕はどこにも行けない。行かないではなく、行けないんだ。


 オウラが正面を向いて警告を発する。

「ほら、噂をすれば、不穏の沼の住人たちが姿を現したようです」


 沼の地面から六人の人間が起きき上がる。

 六人は泥に汚れた盗賊だった。盗賊たちが短剣を手に走り寄ってくる。


 オウラは刃の嵐の魔法を唱える。

 見えない無数の刃が飛んで行く。向かってくる盗賊たち五人をバラバラにした。


 魔法から逃れた一人が、ハルトに短剣を突き出す。

 ハルトは盗賊の短剣を軽く避ける。盗賊の手を取る。足を掛けて軽く投げ飛ばす。


 盗賊は泥の地面を転がる。盗賊はすぐに立ち上がった。

 僕が触れても崩れない。ここの住人はアンデッドではないな。


 触れた感じ、体を流れる生命の流れがあった。

 ハルトは触れた相手の体を流れる血、気、精の流れがわかった。


 生きてはいる。だが、活きがいいとは評価できない。

 盗賊が再び突進してくる。


 黙っているとオウラが仕留めそうだった。なので、指示を出す。

「手を出さなくていい。試してみたい技がある」


 盗賊が再び短剣を突き出す。これもハルトは軽く躱す。

 ハルトは軽く人指し指で盗賊の眉間を突いた。


 麻痺の接触。ハルトは触れた相手を麻痺させる技があった。麻痺の接触はどこに打ち込んでも効果がある。ただ、眉間に打ち込んだ場合に、一番効果が大きかった。


 盗賊は倒れ込んで動かなくなった。

 ハルトは盗賊の額に触れ確認する。


 盗賊は精神を支配されていた。

「精神支配か、解けるかい、オウラ」


 オウラが空から降りてきて盗賊の目を覗き込む。知的な顔で診断を下す。

「単純な精神支配の魔法ではありませんな」


「不穏の湿地が放つ気を利用しての高度な精神支配、か」


 オウラが頷いて説明を続ける。

「不穏の湿地から一度、連れ出して、時間を掛けなければ、高度な精神支配は解けません」


 精神支配を解くには一手間が必要なのか。ここの区域を預かる支配者も馬鹿ではない。


 簡単には一度は手に入れた素材を放せないんだろうな。


 当然の疑問を聞く。

「一度、殺して蘇生させればどうだ? 高度な精神支配は解けるかな?」


「不穏の湿地で蘇生させた場合や、野外で蘇生させた場合はどうなるかは、わかりかねます。ですが、寺院で蘇生させれば大丈夫でしょう」


「わかった。これはもういい」

 ハルトは人差し指で盗賊の胸を突いた。


 苦し気に上下していた盗賊の胸が、ぴたりと呼吸を止めた。盗賊は息絶えた。

 ハルトとオウラは、湿地を進んで行く。


 湿地には鰐や蛇の大型のモンスターが出る。だが、時折、精神を支配された人間に遭った。精神を支配された者は冒険者や盗賊だった。


 冒険や盗掘に失敗したものの末路だな。

 湿地の中央が見えてきた。直径百mの丸い墳墓がある。


 ハルトは霧に潜む四つの気配に気が付いていた。

 四つの気配が動いた。ハルトは襲い来る四つの刃をかわす。


 オウラが絶命の魔法を完成させた。襲撃者はオウラの魔法で息絶えた。

 全ての刃を躱して、敵を倒したと思った。ところが、背後から心臓を一突きにされた。


 胸に焼けるような痛みが走る。傷を負ったことのないハルトの体が傷ついた。

 胸を見ると、手刀がわずかに突き出ていた。


 気配に気づけぬ襲撃者は、素手で背後からハルトの心臓を貫いていた。

 麻痺の接触。ハルトは全身から相手を麻痺させる気を放つ。


 だが、気を放つより速く、手刀は引き抜かれた。襲撃者は霧に隠れる。

 焼けつく胸の痛みに耐える。気配を探ろうにも、寸分の気配も襲撃者は感じさせない。


 次に襲撃者を認識した時には、襲撃者は正面にいた。

 相手は赤黒い忍び装束を着た忍者だった。忍者の手刀がハルトの首を打つ。


 ハルトの首が飛んだ。ハルトの体から派手に血が吹き上がる。

 ハルトの吹き上がった血が忍者に掛かる。忍者の忍び装束が赤黒い意味を知った。


 忍び装束は最初から赤黒かった訳ではない。ここで数多の血を吸って赤くなっていた。


 忍者が上空のオウラを見上げる。だが、ここで忍者が悶え苦しみ出した。

 すかさず、オウラが灰化の魔法を掛ける。忍者の体から炎が吹き上がり倒れた。


 オウラが地上に降りてきた時、オウラの背後から忍者が強襲する。

 忍者は死んでいなかった。幻術でオウラの目を眩ませていた。


 忍者がオウラの首を刎ねようとした時だった。ハルトの体から影が急速に伸びる。

 ハルトの影が忍者の影に重なる。忍者がその場に膝を突いて崩れ落ちた。


 オウラは忍者を見下ろし、灰化の魔法を掛ける。今度こそ忍者は燃え尽きて灰になった。


 ハルトの体から再び影が伸びる。影は飛ばされた首に届く。

 首が不自然に転がって、ハルトの体にくっ付いた。


 首を戻したハルトは感想を述べる。

「ふー、首を飛ばされるなんて初めての経験だった。だけど、なんとかなるものだな」


「ハルト様。普通はどうにもなりませんよ」

 ハルトはポケットから小瓶を回収すると、忍者の灰の一部を回収する。


 曇り空から若い男の声がした。


「いやあ、お見事。まさか、僕のお気に入りの霜村を倒すとはね。でも、霜村はお気に入りなんだ。置いて行ってくれないか。なんなら、身代金を払ってもいい」


 ハルトは繋がった首の具合を確認しながら会話する。


「別に霜村に固執する気はない。同レベルの忍者なら、誰でもいい。交換に応じてもいいですよ。どうせ、墳墓の地下にいるんでしょ。貴方のコレクションの忍者が」


 上空からする声は愉快そうだった。

「いるかどうかは、確かめに来たらいい。僕は地下墳墓の中にいる」


 墳墓の一部がスライドして、入口が現れる。

「それは止めておきますよ。今日は血を失い過ぎた」


 声はハルトを褒め称える。

「ロード・キャメロンから聞いたよ。君は歪な者なんだろう。だったら、いくら血が流れようと関係ない。君は生粋の殺戮者で、強き者だ」


「血は重要ですよ。自分がかつて人間だった過去を思い出させる」


 声は笑いながら高らかに告げる。


「過去なんて捨ててしまいなよ、と僕が諭すのも変か。だったら、霜村に拘る必要もない。いいよ。霜村はあげるよ。霜村は敗北で傷がついた」


「なら、ありがたく貰っておきますよ」


 声は挑戦的な口調で語り掛ける。


「そうそう、君は呪われた王冠を探しているんだってね。だったら、あるよ。僕の墳墓の中にもヒントがね」


 オウラが自制を促す。

「ハルト様。誘いに乗ってはいけません。ここは退いてください」


 嘘かもしれない。だが、本当かもしれない。なら、僕は、またここに来るしかない。


「わかっている」とオウラに声を掛ける。


 ハルトは空に向かって言い放つ。

「どこの誰だか知らないが、また遊びに来ますよ」

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