呪われた王冠の物語

金暮 銀

第1話 死相

 今年で十六になったハルトは身長五mの筋肉隆々の真黒な巨人と対峙していた。


 巨人はカース・ジャイアントと呼ばれる種族だった。カース・ジャイアントの持つ赤い目は邪眼。邪眼は世の理(ことわり)を呪い、魔法を打ち消す。


 カース・ジャイアントが手にするは鉄の棍棒。多くの冒険者の血を吸いし恐るべき凶器。


 ハルトには付き従う魔獣オウラがいた。全長は二m。体は獅子でサソリの尾を持つ。顔は老人で体には蝙蝠の羽があった。俗にマンティコアと呼ばれる魔獣だった。


 オウラは礼儀正しくハルトに語りかける。


「ハルト様。カース・ジャイアントには私の魔法が通用しません。倒すには少々お時間を戴くことになると思いますが、よろしいですかな」


「よろしくない。だから、オウラは下がっていて」

 オウラは一礼するとゆっくりと下がっていく。


 カース・ジャイアントが怒りの形相でハルトに近付く。

 ハルトは逃げなかった。カース・ジャイアントはハルトを棍棒の間合いに収める。


 カース・ジャイアントは今まで何人もの冒険者を撲殺してきた棍棒を振り下ろした。


 ハルトはくの字になって床に転がる。

 カース・ジャイアントは鉄の棍棒を不思議そうに確認する。


 棍棒の一撃を頭に受ければ普通は顔まで潰れる。

 だが、ハルトの顔は潰れなかった。ハルトはよろよろと立ち上がった。


「さすがに邪眼の領域にあっては僕の力も半減するか。でも、また、死ななかった」

 ダメージはないに等しい。だが、痛みはある。ハルトは痛みを甘んじて受けていた。


 カース・ジャイアントが再び棍棒を振り上げる。ハルト目掛けて棍棒を振り下ろした。


 ハルトは右手を挙げる。ハルトは棍棒を受け止めた。

 筋力差からいえば有り得ない状況だった。


 さすがに、カース・ジャイアントは異常な状況だと認識したのか、顔付きが変わる。


 カース・ジャイアントが棍棒を持ち上げる。ハルトの体も一緒に持ち上がる。

 カース・ジャイアントはそのまま棍棒にぶら下がるハルトを壁に何度も叩きつけた。


 一撃ごとに痛みが襲う。ハルトの体格なら、一撃で骨が砕けて内臓が噴き出すはず。


 強烈な一撃がハルト襲う。だが、ハルトの口からは涎の一滴も出てこない。

痛い。だが、まだこれしきだ。


 ハルトを叩きつけた壁だけが砕けて行く。

 いくら、ハルトを壁に叩きつけても無駄だと、カース・ジャイアントは悟った顔をする。


 だが、ここで攻撃の手を止めれば危険と思ったのか、無駄な攻撃を何度も続けた。

 どれくらい時間が経ったのか、カース・ジャイアントが疲れて攻撃を止めた。


 ハルトが棍棒を放して地面に降り立つ。

 鉄の棍棒で壁に滅多打ちにされたハルトだが、ほぼ無傷だった。ただ、赤いローブは少しだけくたびれていた。


 怯え。カース・ジャイアントの顔には恐怖の色が浮かんでいた。

 ハルトは歩き出す。カース・ジャイアントはハルトに道を譲った。


 ハルトの進む先には宝箱があった。ハルトが宝箱の蓋を開ける。

 何もない空間から八本の槍が出現してハルトに飛んでいった。


 槍はハルトの体に当たった。象をも射殺す魔槍を浴びたハルトだった。

 だが、魔槍はハルトを貫くことができない。


 からんと寂しい音を立てて魔槍は床に転がり、消えた。

 ハルトは宝箱の中から古びた銀色のメダルを取り出し、首から提げた。


「オウラ、メダルを手に入れた。用は済んだよ」

 カース・ジャイアントを見る。カース・ジャイアントはびくりと身を震わせた。


 カース・ジャイアントでも、そんな目で僕を見るんだな。

 オウラが冷徹な顔で訊く。


「して、こやつの処遇をどうしましょう」

「どうもしない。後から来た他の冒険者が始末するだろう。出口だけ訊いておけ」


 オウラが巨人語で話しかける。

 カース・ジャイアントは丁寧に道を教えていた。


 少ししてオウラがやって来る。オウラは部屋に隠された扉を魔法で開けた。

 扉の先には通路があり、また扉があった。


 オウラが魔法で罠を解除して、扉を開ける。

 奥には転移門があった。転移門はU字型。


 空間の部分に薄青く光る半透明な幕が張られている。

 半透明な幕の部分にハルトの姿が映る。


 ハルトの身長は百七十㎝。顔は丸顔で黒髪。瞳の色は灰色をしていた。

 服装は赤いローブ。ローブには冒険者初心者を現す刺繍があった。


 転移門を潜る。

 ハルトとオウラは迷宮都市の入口に戻ってきた。


 オウラが機嫌もよく語る。

「血と脂、それに肉の焼ける匂い。金と鉄の香り。やはり地上はいいですな」


 ハルトはローブのフードを被る。


「僕は騒がしいのは、好きじゃない。だが、用は済ませないとな。冒険者ギルドに行くとしよう」


 オウラとハルトが一緒に歩く。道行く人は、オウラの姿を見ると視線を向けてくる。


 だが、咎めたり恐れたりはしない。混沌王が迷宮都市を統べるようになって魔獣が道を歩くなぞ、珍しくなくなっていた。


 街の新市街に建てられた石造りの一万㎡の建物が冒険者ギルドだった。

 冒険者ギルドは地下一階、地上二階の造りになっている。


 冒険者ギルドの扉を開ける。一階は三分の二が酒場で、冒険者たむろしている。迷宮都市の冒険者はあまり雑用をしない。もっぱら、都市の地下にあるダンジョンに挑む。


 酒場に魔獣を連れて入ると少し目立つ。だが、ハルトは気にしない。冒険者の視線を気にせずカウンターに行く。


 ギルドの受付には水着のような恰好をした、金髪の若い受付嬢のアイリーンがいる。


 迷宮都市の冒険者ギルド受付嬢が全て露出の多い恰好をしているわけではない。

 ただ、恰好に決まりはない。なので、暑がりのアイリーンは露出の多い恰好をしていた。


 アイリーンが営業用の微笑みを湛えて忠告する。

「初心者の受付はあっちの窓口よ。ぼく」


 ハルトはメダルを提示する。

「ほら、これでいいんでしょう。証を持ってきました」


 アイリーンの視線がオウラに向く。

「マンティコアに倒させたのかしら」


「証を入手する手段は問わないはずです。マンティコアに取らせて何か悪いことでも?」


 アイリーンの表情は明るい。


「ないわよ。どんな方法でも証を持ってくれば。その時から貴方が上級冒険者、が決まりよ。でも、教えて、ハルトはどんな方法で証を手に入れたの」


 ハルトはオウラを意味ありげに見てから正直に答える。

「別に。僕はただ見ていただけですよ」


 ハルトは自分とオウラの識別票を渡す。

 アイリーンの顔は穏やかだった。


「別に、そっちのわんちゃんに取らせても、金で買っても、証は証。上級で登録し直しておくわ。でも、気を付けて。ダンジョンは怖いところ。名ばかり上級はすぐに死ぬわよ」


「そりゃ、ご忠告、どうもありがとう」

 再登録には時間が掛かるな、食事でも済ませておくか。


 ハルトは空いている席に腰掛ける。

 注文を取りに来たウェイターに頼む。


「適当に肉を焼いたものと、あとワインを頼む」


 オウラがすぐに言い添える。

「ワインは白のボトルでな。あと、肉は、しっかり火を通してくれ」


 ウェィターに料金とチップを渡した。料理とワインが出てきた。

 オウラとハルトが食事をしていると、水晶玉を持った老婆が見えた。


 老婆は冒険者にしきりに占いを勧めていた。

「どれ、運勢を見てやろう。そう遠くない未来じゃよ。お代はワイン一杯でいい」


 冒険者たちは老婆の占いを邪険に拒絶した。

「どうせ縁起でもない内容を占うんだろう。失せろよ、婆さん」


「間に合っているよ。俺たちは今日を生きるだけで精一杯だ」


 老婆は仕事にありつけず、ハルトの席まで来る。

「どうだい、あんた? 運勢を見てあげるよ。報酬はワイン一杯でいいよ」


 老婆が水晶玉を掲げてハルトを覗き込む。

 老婆は悲愴な顔をして告げる。


「おお、悪いことに、あんたに死相が出ている。今日、死ぬよ」

 老婆の声が聞こえたのか、誰かが笑う。


 ハルトはオウラに指示を出す。

「黙らせろ、オウラ」


 老婆はハルトの言葉に、びくりとする。

 オウラは立ち上がるとサソリの尻尾を伸ばす。


 テーブルにあった空の器を器用に尾っぽで、掴んで床に置く。

 オウラは飲んでいたワイン・ボトルから白ワインを器に注いだ。


「ほら、一杯の白ワインだ。これを飲んだら、あっちに行け」

 老婆はおそるおそるワインの入った器を拾い上げて口に運んだ。


 ユウトはオウラを見る。食事が済んでいたので、立ち上がる。

 ハルトは老婆の横を通り過ぎる時、そっと呟く。


「もう、死んできたよ」

 ハルトは冒険者ギルドのカウンターで新たな識別票を手に、冒険者ギルドを後にした。

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