ベートーヴェンの弁当が変!?~タイムトラベルして一緒に昼飯食ってみた~ 【読み切り】

家島

ベートーヴェンの弁当が変!?~タイムトラベルして一緒に昼飯食ってみた~

 電柱を見ると、「急募 タイムスリップ 無料」と書かれた張り紙がある。林太郎は、さっそく下に書かれていた連絡先に電話する。


 「お名前は?」


 「林林太郎です」


 「弊社のオフィスビルまでお越しいただけませんでしょうか?」


 林太郎は、その住所を聞き、その場所へ向かう。スマートフォンを片手に。




 「林林太郎と申します」


 「お待ちしておりました。こちらへ」


 話を分かっていたようで、受付のような場所から、女性に案内され、エレベータに乗る。エレベーターが動き出して林太郎は、フワッと体が浮くように感じる。地下階に向かっているようだ。


 しばらく降下して止まり、エレベーターの扉が開くと、向こう側から目を開けられないほどの光が入りこんでくる。


 「いってらっしゃいませ」


 と女性に言われ、エレベーターの外へ出る。




 舗装されていない散歩道がある。若干下を見ながら、両手を後ろにし、険しい表情で歩いてくる人がいる。その人が着る防寒着にのような厚い服と、裸の木を見て、林太郎は、はじめて寒さを感じる。


 ガクガクブルブル震えている林太郎の横を、青年が通り過ぎていく。林太郎はその顔を見て、勘が働く。見たことがある、と。


 「ルートヴィヒ!」


 「◎△$」


 林太郎には彼の言っていることが分からなかったが、顔がいっそう険しくなったのは見えた。


 「ベートーヴェン!」


 「◎△$」


 何か言わねばまずい、と思った林太郎は、「ジャジャジャジャーーーン。ジャジャジャジャーーーン」と、弦楽器を弾く姿をまねながら、口ずさんだ。


 彼、ベートーヴェンの表情が何とも言えない表情に変わる。


 ベートーヴェンがドイツ語を話す人と思い出した林太郎は、大学の第二外国語で勉強しているドイツ語、カタコトのドイツ語で話しかける。


 「何をしているの」


 「き、きみは。さっきのフレーズ、どこで知った!?」


 ベートーヴェンの口から出た言葉を聞いて、林太郎は、ベートヴェンが『交響曲第5番』を発表する以前の時代に来たことを察する。また、唐突だなと思う。


 「それは...」


 「いいフレーズだ。ハ短調かな」


 「ええ」


 しばらく二人は少々の会話をはさみながら、散歩道を歩いて行った。ベートーヴェンは、楽想を考えるための散歩で街を出て、その帰りの最中だったそうだ。




 街に来て、もうすぐ昼食の時間だということを知らされる。林太郎は少し席を外すと言い、パン屋の店頭の者がそっぽを向いている隙をついて、パンを2個盗む。


 川岸で横になっているベートヴェンのもとへ行く。林太郎は一方のパンを差し出したが、彼は自分の分はあるというようなしぐさで、遠慮した。彼は、3連符が一つと4分音符が一つの組が、何組もプリントされたパンを持っていた。


 川岸で横になって一緒に昼食を取りながら、林太郎は、ベートーヴェンがまだ考えついてもいないであろう彼がそのうち作曲する曲の動機、主題を次々とハミングしていった。もちろん、その曲の特徴が引き出されるように。多くの人は、林太郎のハミングを、お気に入りの音楽でも歌っているのかなと聞き流すかもしれないが、ベートーヴェンは違った。隣で目を輝かせていた。


 「聴き新しい音楽だね」


 「そうっすね。古典音楽の集大成、新しい可能性みたいな感じですね」


 林太郎は、ベートヴェンへの敬意を込めて言った。


 学校の発表会で歌ったことのあった、彼の最後の交響曲、『交響曲第9番』の歓喜の歌を口ずさんでみる。


 「喜びを感じるね」


 「そうっすね。とても感動的な曲です」


 「君がさっきからハミングしたり口ずさんだりしてきた曲は、誰が作ったんだ。聴いたことがなかったんだ」


 「ルート・ヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン」


 「冗談かね。私は作った覚えないよ」


 「いや、作るんですよ。これから、あなたが」




 夕方、街を散策し終わって、ベートヴェンは家に帰えると言った。林太郎は、着いて行って、元の時代でも未発表である曲を探してやろうかと思ったがやめた。今日一日、林太郎はベートヴェンから色々な話を聞くことができた。気難しい性格で知られるベートヴェンだが、林太郎の口ずさむ音楽が気に入ったようで、少々腹を割って話してくれた。


 別れ際。


 「元気で」


とベートーヴェンが言う


 「ありがとう」


と林太郎が言う。


 その直後、林太郎の視界が真っ白になった、というのは、元の時代に戻るゲートが開かれそこから差し込む光のせいであった。ゲートが閉じる前に、もう一度、離れていくベートーヴェンの後ろ姿を見た。感慨深いものを感じた。




 その晩、林太郎は、家に帰って、ベートーヴェンの種々の作品を聴いた。『ベートーヴェン交響曲全集 全10曲』のCDを聴き終えて、彼はベッドに入った。

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