第3話

 翌日、業平たちはさらに東へと旅立った。

 決して武蔵守忠雄の好意を無にしたわけではなく、せめて下総の国府にまで足をのばしてみたいと思ったのである。

 さらには、忠雄の勧めもあった。せっかく武蔵に来たのなら、聖観音の観音堂を拝んでいけというのだ。これは都にも劣らない霊験あらたかな観音だという。

 業平たちがそこへ着いた頃は、日も西に傾きかけていた。観音堂といっても小さな藁葺わらぶきのほこらがあるだけだったが、その前には大勢の民衆が押し寄せて拝んでいた。

 聞けば推古朝の昔――すなわち聖徳太子の時代にこの近隣の漁師が川に網打ったところ、その網に一寸八分の黄金の聖観音像がかかり、それがここの本尊になっているという。

 業平も額づいてみた。聖観音像は秘仏となっていて厨子に納められており、その姿を拝することはできない。また業平も額づいたとて、とりわけ祈願することがあるわけではなく、あるのはただ今までの自分の暗い半生を祓い去ってくれという思いだけだった。

 その観音堂のすぐ東に、大きな川があった。川べりは一面に葦が繁っている。観音堂の脇には大きな池があって、隅田川というその川の水が池に流れ込んでいた。

 夕日があたりを照らし、空の青さと川縁の色彩が濃度を増しつつあった。さわやかに風が吹く。ここの川は都の鴨川よりは少し川幅が広そうだ。ただ、鴨川が河川敷の中を何本もの流れてとなって流れているのに対し、この川は対岸まで満々と水をたたえている。河川敷の浅瀬を、馬でしぶきをたてて渡るわけにはいかないだろう。

 そして、対岸には山がない。周りを見渡しても、川の上流の方の遠くに山脈が横たわり、背後に例の富士の山がだいぶ小さくなったが、やはり地平線にはいつくばるように霞んで横たわる山脈の向こうから顔をのぞかせているくらいだ。

 山脈まではかなりの距離がありそうな、そんなだだっ広い平原だった。

 この国にこんなにも広い平原があったのかと、業平一行はあらためて驚いた。

 世の中とは、こんなにも広いものだったのだ。間近を山に囲まれた都での生活は、なんと狭いものであったのかと思う。そのだだっ広い平原を縫うように、遥か遠くの山の方から隅田川は流れてくる。

 その時、葦の繁みの中から声がした。

「おめえさん方、乗らねえのかい。舟が出ちまうぞー。今日最後の舟だ。日も暮れちまうからな」

 どうも言葉がよく分からない。業平にとって東国の人々の言葉は、まるで外国語であった。ただ声の主は渡し舟の船頭のようで、早く乗れと言っているらしいことだけは感じた。

 舟は四人の人間と四頭の馬を一度に乗せることはできず、まずは業平と忠親、そしてその馬二頭が先に渡った。船頭の棹に操られ、舟はゆっくりと川面を滑りだした。船べりに腰掛けて見る川の風景は、視点が低いだけに馬上から見るのとはまた違ったものに見えた。川面にはさざなみがたっていた。

「おめえさん方、旅人かね」

 本来なら貴人の業平と口をきくどころか、顔すら見ることも許されないようなひな下賎げせんの船頭と、今同じ舟の上に乗っている。それが気安く話しかけてくるのが不快といえば不快であったが、業平は旅の空と割り切った。

「さようじゃ」

「どっから来たんだべ」

 業平が、言葉が分からず首をかしげていると、横から忠親が、

「いづかたより来たれるかの意味では?」

 と、口をはさんだ。

「都からじゃ」

「都ってどごだっぺ? 国府より遠いんかあ?」

 船頭はよくしゃべる。しかし言葉が分からないだけに、業平はほとんどを聞き流していた。そして、このように言葉が分からない人々の国にはるばると来たものだという感慨が、川面に目をやる業平の脳裏をかすめた。まるで地の果てにまで来てしまったという感じだ。

 その時、業平の目に鳥が数羽、川面を飛び交うのが見えた。初めて見る鳥だ。白い鳥でシギくらいの大きさであってくちばしと足が赤い、そんな鳥が上手に川の中に首を突っ込んでは魚を捕らえて食べていた。

「あれは、何という鳥じゃ」

 はじめて業平の方から、船頭に声をかけた。最初は船頭も業平の言葉が分からないようで首をかしげていたが、業平が指さす方に鳥がいるのを見てうなずいて言った。

「おめえさん方、都とかいう所から来たって言ってたっぺよお。そんで思い出したけど、あの鳥こそ都鳥だべ。おめえさん方、都ってとこから来たって言うのに、都鳥を知んねえのかあ?」

 何とか聞き分けて、業平は鳥を見た。都にいない鳥が都鳥という名前で、こんな都から離れたところにいるといのもへんだが、何か都から来た鳥とかいう伝承でもあるのかもしれない。

 業平は、歌を詠む姿勢をした。忠親は、さっと懐から筆を取り出した。


  名にし負はば いざ言問はむ 都鳥

    我が想ふ人は ありやなしやと


 まだ彼は、直子を想っている。その歌を書きとめる忠親も、思わず紙の上に涙を落としそうになっていた。

 忠親とて業平の歌で、都に残してきた自分の妻を思い出したのであろう。業平はそんな忠親を気の毒に思ったが、それ以上に自分の境遇を思いやってしまう。

 東国を「吾妻あづま」とはよくいったものだ。しかし業平は自分が詠んだ歌の中の「我が想ふ人」が果たして直子なのかそれとも高子なのか、彼自身も分からないでいた。

 船頭が一度戻り、継則と貞行を乗せて戻ってきた時は、日もとっぷりと暮れていた。

「今日の仕事は、これでしめえだ」

 そういう船頭の家に、その晩は厄介になることになった。後から乗った貞行が勝手に決めてきたことで業平は不本意だったが、仕方のないことであった。

 貴人としての自尊心さえ捨てれば、野宿よりはましだ。庶民の土間の家で寝るのも、たまにならと業平は思った。それにこの船頭は、どうもいい人のように感じられていた。


 翌日、業平たちは下総の国府に行った。あの隅田川を渡った時点でそこはすでに下総だったのだが、国府までは平坦な湿地や原野を歩き、大きな川をさらに二つ渡った向こうにあった。潮の香りが漂うほど、海も近いようであった。

 だが、下総の国府では、業平たちはあまり歓迎されなかった。そこでその日のうちに来た道を戻り、夕刻にはまた例の船頭の家に行ってまた泊めてもらった。

 そして業平は、ここに住もうと決心した。

 都鳥のいた川からも程近い所で、東の下総の方から流れてきて隅田川に注ぐ小さな川に架けられた橋のたもとだ。富士の山も望めるし、近くに海もある。そして、何より広大な平原の真っ只中だ。

 業平はここが気に入った。忠雄が勧めてくれた武蔵の国ではなくここは下総の一角だが、川を一つ渡れば、そこは武蔵だ。

 観音堂も近い。

 船頭の家から武蔵の国府まで継則を遣いに走らせると、武蔵守忠雄は業平の望む草庵を早速国府の役人に命じ、船頭の家の隣に建ててくれた。

 土間ではなく、一応木の床はつけてもらった。米も国府からもらえる。炊きつけは船頭の妻がやってくれる。その分のおこぼれに渡す米も、忠雄はちゃんとくれた。

 それだけでなく、都からの貴人が来たということで近所でも評判になり、連日人々が押し寄せ、その人々があさりや海苔、魚など新鮮な海のものを持ってきてくれた。

 言っている言葉はよく分からないが、みな好意を持ってくれているようだ。このような下賎の人々に接するという都にいたなら天地がひっくり返っても体験できないことに業平は最初は戸惑ったが、次第に心は溶け込んでいった。

 いい人たちに囲まれて暮らしている。都でのどろどろとした生活とは、まるで別世界だ。業平は心が洗われていく想いで、来てよかったと思った。

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