100%オレンジジュース

風子

第1話

その日、わたしは学校をさぼってコンビニでオレンジジュースを買った。

自転車通学というのは、こんなときとても便利だ。自転車に目をやると、可愛げのない黒いカゴが得意そうに少しだけ揺れた。

わたしは高台にある公園に自転車を停め、カゴから袋ごとオレンジジュースを取り出すと、公園に設けられたステージの階段を昇った。町を撫でた風が下から吹き上げてくる。わたしは満面の笑みで野外ステージ脇の手すりにもたれながら、王様にでもなった気分で町並みを見下ろしていた。

口に含んだオレンジジュースは思ったより酸っぱくて、わたしは1人、鼻の頭にしわをよせる。100パーセントだとわかっていながら条件反射で原材料を見てしまう自分がおかしい。もちろん、原材料は混ざりけのないバレンシアオレンジの果汁だった。

酸っぱすぎるオレンジジュースを肴に下から吹き上げてくる風をひとしきり楽しむと、ようやく学校をさぼったという現実感のようなものの足音が聞こえ始めた。

学校をさぼったのは今日が初めてだった。優等生が必ずしも学校好きな人種であるかといえば、それはただの偏見にすぎない。「優等生」というのは、あくまでも外面を取り繕うのがうまい生徒の総称で、正確にいえば、「優等生」の中には優等生のふりをした、ただの学校嫌いが少なからず入り交じっているのである。

肩を叩かれて、それがあまりに突然のことだったので、わたしは「うひゃあ」というなさけない悲鳴をあげてしまい、落としかけたオレンジジュースをすんでのところでキャッチした。

遠慮のない笑いが、見知らぬ少女の口からこぼれ出た。歳は中学生か、もう少し下といったところか。涼しそうな淡い空色のワンピースに、同じ色のサンダル。さらさらの細い髪が風になびく。屈託のない笑顔には年相応の可愛らしさと、そして儚さが同居しているように感じられた。


わたしはその後、しばしば学校をさぼって公園へ行っては、空色の少女とのおしゃべりに花を咲かせた。不思議なことに、少女は決まっていつでもわたしより先に来ていて、「特等席」と命名した野外ステージ脇の階段に腰掛けていた。

公園に出向くとき、わたしは習慣のようにコンビニに立ち寄った。

オーブンさながらの炎天下、公園に行くためには延々続く高台を自転車で上がらなくてはならなかったものの、何より、飲み物を片手に町を見下ろすのが、わたしのお気に入りだったのだ。

 「どうして、いつもオレンジジュースなの?」

顔に掛かる髪をはらいながら、少女はこちらを見た。その目が、100パーセントの意味はあるの?と言っていた。わたしは苦笑する。

「ほら、コンビニに行くとさ、たくさん飲み物があって迷うじゃない。ああ、今日はりんごにしようかな、コーヒー牛乳もいいな、たまにはソーダもいいかも、なんて。いろいろ考えてるうちにどれも一緒のような気がしちゃってね。結局最後に選ぶのがこれなわけ。これでもいつも迷った末に買ってくるんだから」

そう言うと、少女はひどく面白おかしいことを耳にしたように、腹を抱えてしばらく笑い転げていた。わたしもつられてちょっとだけ笑った。

オレンジジュースはすき?と訊くと、少女は目じりにのこる涙を拭いながら、「すき、実は、大すきなの」と答えた。

よかったら飲むと?とパックを差し出すと、少女は嬉しそうに首を縦に振った。

他にわたしが少女に関して知ったことといえば、広い青空が好きでこの場所に来るのだということと、嫌いな色は白だということ。彼女の柔らかで儚げな印象に白というカラーはとても似合うと思ったのだが、少女は、白って色じゃないのよ、色のない色なのよ、なんてつまらない!と黒目がちな目をきゅっと釣り上げて、眉をひそめながら反論した。


「明日、コンクールがあるの」

そうこうしているうちに夏休みに入り、わたしは今日も母親に勉強と偽って、例の公園に来ていた。話によると、歌のコンクールで聖歌を独唱するのだそうだ。わたしが意外そうな顔を向けると、少女はにっと笑い、息を吸って、桃色の唇を卵形に開いた。雲ひとつない真っ青な空の祝福を受けて、真夏の聖歌は町へと降り注ぐ。おそらく、一番の盛り上がりである部分に差しかかろうというとき、彼女はふっつりと歌をやめた。私の視線を認めると、彼女はもっともらしく胸を張る。

「全部はだめ。ここからが見せ場なんだから。ね、7月25日のコンクールにきて」

25日は、明日だ。もちろん、断る理由などなかった。彼女の歌を最初から最後まで聞きたいと思ったし、それに、舞台に立つ彼女をこの目で見てみたかった。

わたしが大きく頷くと、彼女は「2時からなの。約束ね」と、心底嬉しそうに笑ってきびすを返した。

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100%オレンジジュース 風子 @yuu1204

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