197bit 点と線


 「というわけで、私とシズクはりっちゃんの願いごとを叶えるべく、必要な知識を蓄え、情報を収集し、万全の準備を整えてから再びタイムマシンを使った。 そしてやってきたのが今からちょうど1年前のことさ」


 ハジメは白衣のポケットから手を出してメガネを外す。


 目頭を親指と人差し指でつまむように押してから、またメガネをかけなおした。


 「それからMANIACを設立し、私たちを呼び集めて……現在に至る、ということで……合っていますよね?」


 雛乃がハジメとシズクに目配せをしながら尋ねる。


 まもなく、シズクが静かに頷いた。


 「まったく、初めに君たちをMANIACに集めるのがどれだけ大変だったことか。 唯一、全員がこの場所からそう遠くない所に住んでいたことだけ救いだったけど、あとは地道に勧誘をするしかなかったんだからね」


 「勧誘……? 私、ハジメさんやシズクさんに勧誘されて入ったわけじゃないはずですけど……」


 糸はMANIACに入ろうと思ったきっかけを思い出していた。


 たしか、電車の中でたまたまスマホに表示された広告をみて……。


 「糸さんがスマホから目を逸らしたすきに、糸さんのスマホを遠隔操作してMANIACの広告をパッと表示させたの、私たちがわざとね」


 シズクが少し申し訳なさそうに眉を下げながら言った。


 「そうだったんですか……? ということは、あのとき電車の中にハジメさんやシズクさんも乗っていたと……」


 「そうそう、タイミングを見計らうためにね。 でもまさか広告を表示するだけでMANIACに来てくれるとは思っていなかったよ。 他にも色々作戦があったんだけど、使う必要なかったね。 四人のうちで糸っちが一番簡単だった。 さすがちんちくりんなだけある」


 「ちんちくりんじゃ……ないです」


 糸は驚きのあまり、ハジメのからかいにさえうまく反応できないでいた。


 「逆にどの作戦を使っても振り向かなかったのはこの中だと真衣かな。 だから真衣に関しては直接スカウトという形をとったんだ」


 「……うまい具合にすべて繋がっていくわね」


 真衣が感心しているような呆れているような声で呟いた。


 「あの……、りっちゃんの願いごとというのは、親友を救うこと、ですよね?」


 そう訊いたのはパーカのフードをかぶったままの英美里だった。


 「そうだよ」


 「その親友というのが……」


 「糸っちのことさ。 だから糸っちはMANIACのメンバーの中でもひときわ特別な存在だったんだ」


 ハジメが英美里の問いかけに間髪入れず答えた。


 「その……、だとしたらわざわざMANIACなんてセミナーを開かなくても良かったんじゃないですか? つまり、糸ちゃん以外の私たちがここにいる意味ってなんなのでしょう……」


 フードの奥から不安げな二つの瞳がハジメを見つめる。


 「たしかに最初は糸っちただ一人を救うつもりだったんだけどね……。 糸っちのことを調べていくうちに、糸っち以外の四人も同時に救いたくなっちゃったんだよ」


 ハジメは神妙な面持ちで打ち明けた。


 「ん? 糸っち以外の四人? えっと、私と英美里ちゃんとそれから真衣ちゃん。 あとは……りっちゃん?」


 雛乃が右手の指を折りながら数を確認していく。


 「いや、りっちゃんじゃない。 最後の一人はイクラちゃんだよ」


 「え、イクラちゃん? でもMANIACのメンバーでは……」


 「本当はメンバーにするはずだったんだ。 だけど、超売れっ子タレントのイクラちゃんをMANIACに呼び集めることはできなかった。 だから、メンバーにする方針は諦めて、なんとかMANIACと接点を持たせるよう仕向けた。 それがあの電子書籍の一件さ」


 「あのとき突然イクラちゃんがやってきたのも、すべて二人のしわざだったんですか……」


 雛乃が脱帽したように肩を下げる。


 「雛乃ちゃん、英美里ちゃん、真衣、そしてイクラちゃんも、糸っちと同じように救えるんじゃないか、って思ったんだよ。 これは単なる私のワガママなんだ」


 「私を救うって……、私にいったい何があったんですか……」


 英美里の声は小さく震えていた。


 その声をゆっくりと撫でるように、ハジメが答える。


 「私たちが前にいた世界で四人は全員、ITに失敗していたんだ」

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