186bit 空想は現実に

 新聞記事は、写真に写る研究員をそれぞれ『一』、『零』と紹介していた。


 そのあまりにも現実離れし過ぎた内容に、糸は開いた口がふさがらない。


 ハジメさんとシズクさんがタイムマシンを発明した……だなんて。


 「ちょ、いやだな真衣ちゃん……サプライズか何かでしょ? 精巧せいこうつくられた偽物の記事だよね?」


 雛乃が声をつっかえながら言った。


 英美里も黙ったまま真衣を見つめている。


 状況を飲み込めていないのは糸だけではなかった。


 「私もこの記事を見つけたのはつい数時間前のことで……調べきれていない部分はあるけど、この新聞が当時実際に発行されていたことは事実だよ」


 普段は淡々と話す真衣でさえ、このときばかりは焦燥しょうそうめいた口調になっていた。


 「……見つけたって、どうやって見つけたの?」


 聞きたいことが山ほどある中で、糸はそのうちの一つを無意識に尋ねていた。


 「先週の夜遅くに糸と二人で外へ出たでしょ。 あのときに出会ったハジメさんは、今日である『1月26日』をやたらと強調していた。 それがどうにも気がかりで。 通常、年代を絞って検索をかける所、試しに『1月26日』だけで探してみた。 そうしたら、検索結果の奥深くでこの記事がヒットしたんだよ」 


 「その記事自体、二人の悪戯いたずらなんじゃない? と思ったけど、わざわざそんな手の込んだ悪戯をする理由がない……よね」


 「そう、英美里の言うとおり。 それで、『1月27日』の新聞にも二人に関する記事が載っていた」


 真衣はマウスを動かし一回だけクリックする。


 すると、画面に先ほどと一日違いの新聞が表示された。


 「えっと……、タイムマシンと双子研究員の姿が忽然こつぜんと消える……?」


 雛乃が記事の見出しをそっくりそのまま読み上げた。


 「タイムマシン発明の記事が出た当日、新聞社はかなりのバッシングにあったらしい。 話題性だけで新聞にデタラメを書くな、と。 そしてその次の日にはタイムマシンと研究員もろとも姿を消した、という記事を掲載した。 きっと双子の研究員は雲隠れ、新聞社は火消し行為に及んだのだろう、という有耶無耶うやむやな感想だけが残った。 やがて次第に人々の関心は薄れ、そのまま歴史の底へとほうむられたのだろう」


 「仮に『姿を消した』というのが、『タイムマシンを使用した』ということなら、二人は百年後であるこの世界を生きていて……いや、ありえないよ。 だってこの世界にタイムマシンは存在していないんだよ? なのに百年前にはもう発明されていたって……信じられない」


 糸はいまだに記事の信ぴょう性を疑っていた。


 やはり『タイムマシン』という空想限定であるはずの機械が存在しているなんて……、しかも、百年も前に。


 「私も最初はそう思った。 けれど、ある条件が重なっていたとしたら。 つまり、『二人は本当にタイムマシンを発明した』という条件と、『歴史上、タイムマシンを発明できるほどの天才は二人しかいない』という条件が重なっていたとしたら、たちまち空想は現実になってしまうんだよ」


 真衣は恐れと興奮をぜにした声色で、そう断言した。

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