158bit かたおもい


 「雛乃ちゃん! お外でドッチボールやるんだけど、一緒にやろうよ!」


 ゴムボールを抱えた私の友だちが机のそばに立っていた。


 ふと横を向き窓の外を見ると、青空とグラウンドの間で色んな服があちらこちらに動き回っている。


 ある服は縄をピョンピョンと跳んでいたり、ある服はある服をトコトコと追いかけていたり。


 「えっと、今は手を離せなくて」


 教室に靴は二足のみ。


 そのうちの一足が、残念そうに後ずさりをする。


 「わかった、算数の宿題忘れたんでしょー」


 友だちの視線は机の上に広がっているノートに向けられていた。


 「宿題はもう終わったよ。 計算するのが楽しいから解いているの」


 「えっ!? 算数が楽しい?! なんか……それって雛乃ちゃんらしくない!」


 私らしく……ない?


 「まぁいいや、明日のお昼休みは遊ぼーね!」


 友だちはスタスタと教室を出ていってしまった。


 明るくて、アクティブで、人懐っこい。


 私のことを、みんなはこう思ってくれている。


 それは、そうなのかもしれない。


 けれど、そのイメージからずれてしまったら。


 私じゃなくなっちゃうのかな。


 「あ、計算間違えてる」


 消しゴムを手に持って誤った部分を消し、正しい式を鉛筆で書き込む。


そして、もう一度だけ窓の外を見た。


 サッカーボールが一次に転がって、野球ボールは二次に打ち上がる。


 「あれ、ヒナじゃん! なーにやってんのー」


 「ちょっと、ここでは静かにだよ」


 窓から目を逸らし、セーラー服を着崩した友人を諌める。


 友人のスクールバッグには、人気バンドのグッズがこれ見よがしにくっついていた。


 「ごめんごめん。 え、放課後に数学の勉強? テストもないのに?」


 「ま、まぁなんというか、ちょっと趣味で計算問題をね……」


 「えー、ヒナってそんな趣味あったんだ。 意外意外。 でもこんな湿っぽい場所にこもっていたら男子にモテないよー?」


 夕陽が本棚の隙間から差し込んで、数字記号とアルファベットをジリジリと燃やす。


 「そ、そうかな……」


 「今日は図書室デートだ、って彼氏に誘われなきゃここになんて来ていない……わ、急遽ファミレスデートに変更だって。 もう、話がコロコロ変わるんだから」


 友人はスマホをこっそり開きながらチャットの返信をしていた。


 およそ、相手は彼氏だろう。


 「じゃあ行くね」


 「うん、また今度遊ぼうね」


 「おうよ! あ、その趣味ほどほどにしときなよー、ヒナっぽくないから。 じゃね」


 友人はそう言い残すとどこかへ行ってしまった。


 「私っぽくない……か」


 私の口から、弱々しい声が出ていた。


 友人は決して悪気があったわけじゃない。


 それはわかっている。


 なのに、どうしてこんなにも胸がヅキヅキするのだろう。


 私のことをちゃんと知ってほしい、だなんてそんなおこがましいことは言えない。


 だけど、誰かに気づいてほしかった。


 誰かに認めてもらいたかった。


 明かりに照らされた私の影に隠れるもうひとりの私を。


 もう片っぽの私を。


 でも、その思いはいつまでも届かないまま。


 一生、誰にもわかってもらえそうにない。


 目の前のノートは真っ黒こげで、さっきまでの計算式を見失ってしまう。


 きっと、間違えていたんだ。


 きれいさっぱりゼロからやり直したほうがいいんだ。


 そう諦めかけていたときに、彼女は現れた。


 「雛乃、式ならここにあるよ。 大丈夫、雛乃は間違えてなんかないから」

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