148bit ばらばら


 オセロ対決から一週間後、三人は再びMANIACの部屋に集合していた。


 「練習は順調?」


 真衣は英美里にききながらサツマイモタルトをはむっとした。


 「うん、家の近くにカラオケ屋さんがあるから放課後は毎日通い詰めている。 課題曲ももう決めていて、後はひたすらブラッシュアップするだけ。 ただ、えみりりの動画を更新できないのが……心苦しいかな」


 「そっか……、英美里ちゃんおつかれさま」


 糸はここへ来る前に買ってきておいたほうじ茶のペットボトルを英美里に渡した。


 「ありがと」


 先ほど真衣からもらったサツマイモタルトをひとくちパクりと食べ、オレンジのキャップを回し取る。


 口内がまろやかな残り香だけになったところで、あったかいお茶を飲んだ。


 「最高の組み合わせだよぉ」


 英美里はゆんわりと心地よい気分になった。


 今回集まった主な目的は、英美里の近況を確認するため、それから英美里の労をねぎらうため。


 英美里ちゃんに喜んでもらえてよかった。


 糸がそう思ったときだった。


 「やぁやぁみんなおそろいで。 第二回戦まであと一週間に迫っているけど、どうやら順風満帆に進んでいるようだね」


 「雛乃ちゃん……?」


 突然ディスプレイがパチリとき、雛乃が姿をみせた。


 「楽しそうでなにより。 それはそうと英美里ちゃん、この前なんで私がMANIACに通わなくなったのかを知りたがっていたよね。 今日はそれを言っておこうと思って」


 雛乃がそう切り出したのをきっかけに、和やかな雰囲気はガラリと変わった。


 穏やかならざる何かが起きる前触れのように。


 「私さ、数学の勉強をもっとして、将来立派な数学者にならなきゃいけなくて。 だからMANIACで数学と関係ないことばかりしていられないんだ。 数学の力が向上しない一切の事柄を排除する必要があった。 それで英美里ちゃん。 あと真衣ちゃんもかな、二人はたぐいまれな才能を持っているよね。 真衣ちゃんはとんでもないスキルを、そして英美里ちゃんは有望なタレント力を。 二人はさ、このままでいいの? 特に英美里ちゃんは大勢のファンを抱えている。 えみりりが歌の練習をしないでいることをファンが知ったら、どう思うかな。 もっと、自分たちの才能を成長させるべきじゃない? じゃないと、せっかくの才能、消えちゃうよ?」


 雛乃は自身に対する戒め、そして英美里と真衣に対する警告を述べた。


 三人には、誰しもがうらやむ共通点があった。


 「それじゃ、また一週間後にね」


 ディスプレイはそこでプツンと途切れた。


 「……ごめん、私もう帰る」


 「……私も気分が優れないからおいとまさせて」


 英美里と真衣の表情がかげりゆく。


 「ちょっと二人とも! 待って!」


 糸の声は二人に届かない。


 やがて、部屋の中で糸は一人っきりになった。


 どうしよう……。


 四人全員が……ばらばらになっちゃった。

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