149bit 理想と現実


 静寂しじまの夜にくるまれた部屋の中、英美里はノートパソコンの画面をぼんやりとスクロールしていた。


 今までに投稿したえみりりの動画が、古いものから新しいものへと年表のように流れる。


 自分の好きなことを配信して、ファンに楽しんでもらう。


 動画配信における英美里のスタンスはずっとこうだった。


 こうしていれば、ずっと人気の動画配信者でいられる。


 そうだと思っていた。


 しかし、雛乃の言葉が英美里をかき乱す。


 えみりりは動画配信のためにその生活のすべてを捧げている、わけではない。


 学校に通っていて、お昼休みは友達と駄弁だべって、放課後はMANIACに集まって。


 動画配信のしていないえみりりは、ごく普通の女子高生の生活を送っているに過ぎなかった。


 それを、ファンが知ったらどう思うのだろう。


 ……きっと、えみりりを見限ってしまうのではないだろうか。


 動画配信に余念がなく、歌の練習を欠かさない。


 そんな、非の打ちどころのない理想像をファンがイメージしていたら。


 そのイメージは、えみりりの現実を知るや否や、無惨にも崩壊するに違いない。


 やがて、幻滅したファンはえみりりの応援をやめてしまうだろう。


 私はファンを喜ばせたい。


 私はファンに楽しんでもらいたい。


 だとしたら、ファンの理想を壊すわけにはいかない。


 ……きっと雛乃ちゃんが正しいんだ。


 ファンを第一に想うのであれば、えみりりとしての成長をおろそかにするべきじゃない。


 つまり、動画配信とは無関係な事柄を切り捨てる必要がある。


 となると、私もやっぱり。


 MANIACを……。


 チリリリン!!


 突然鳴ったけたたましい音が、英美里の思考を横取りした。


英美里は驚いてその音源に目を向ける。


 机の上に置いてあったスマホが、急かすように呼んでいた。


 英美里は画面を覗き、着信元を確認する。


 そして、緑のボタンを押してから、右耳にスマホをあてがった。


 「……もしもし」


 「明日学校が終わった後、時間ある?」


 「……特に用事はないけど、どうしたの急に?」


 「絶賛えみりり不足なんだよ、だから私と会ってほしい」


 電話の相手は、熱狂的なえみりりファンだった。


 ちょうどいい。


 明日、思いの丈を打ち明けて、ちゃんと謝ろう。

 

 「……うん、わかった」

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