140bit 言い忘れていたけれど


 「私は正真正銘、荒井雛乃だよー」


 雛乃は自分の頬の皮膚を指で押したり伸ばしたりした。


 「映し出されているのがホログラムだろうと本物だろうと構わないんだけど、どちらにせよリモートで繋ぐのは来ていると言わない。 きちんとここに座りなさい」


 おどける雛乃をたしなめたのは真衣だった。


 真衣は右手を振りかざし、隣の椅子をトントンと叩く。


 「ごめんね真衣ちゃん、本当は私、もうMANIACには通わないつもりでさ。 音信不通になったら、私の存在が次第にフェードアウトするかと思ったんだけど、学校もみんなと一緒だしその方法では駄目だってことに気づいてね」


 「もうMANIACには通わないって……雛乃ちゃん、いったい何があったの?」


 英美里は首をすくめながら尋ねる。


 「……機会があったら言うよ。 それでね、ある提案があって。 勝負で決める、ってのはどう?」


 「勝負……?」


 糸はふとタイピングトーナメントのことを思い出した。


 あれはみんなが仲よくなるために、雛乃ちゃんが考案してくれたゲーム。


 だけれど……。


 「そう。 いわゆる三番勝負に近しいルールで、一人ずつ順番にバトルをしていって、その勝敗を決める。 そして、もしも三人のうち誰か一人でも負けたら」


 雛乃の口角がやんわりと上がる。


 「私はMANIACを退くよ」


 雛乃の発言後、しばらくの沈黙があった。


 英美里も糸も真衣も、雛乃の言葉を受け止めて、噛み砕いて。


 「雛乃の挑発には乗らないほうがいい。 何か裏がありそう」


 「対戦の具体的な内容も教えられてないし、私たちにかなり不利な条件だよ。 真衣ちゃんと同じで、私も……」


 真衣と英美里はけん制の構えをする。


 しかし、一方で。


 「その勝負、引き受けるよ」


 三人の真ん中に座る糸は、気迫に満ちた声で確固たる意志を示した。


 「私たちが勝ちさえすれば、雛乃ちゃんは戻ってきてくれるんだよね。 だったら、するよ。 それしかないっていうのなら」


 「さすがだね。 私の想定通り、糸っちなら挑戦してくれると思っていたよ」


 雛乃はコクコクと頷いた。


 「……糸がその気なら。 面白そうだし」


 「……糸ちゃん、私も頑張るよ」


 真衣と英美里の意見は易々やすやすひるがえる。


 それは、前もって決意していたという志しの表れだった。


 「雛乃ちゃんに、勝つよ」


 糸は雛乃の薄暗い両目を見つめながら力強く宣言した。


 「ああ、そうそう」


 このタイミングで、雛乃はある誤解を指摘した。


 みんなの熱視線をさらりとかわすかのように。


 「言い忘れていたけれど、三人が勝負するのは、私じゃなて、Koiだから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る