85bit ノートに書かれた数式


 「雛乃ちゃん、ちょっといい?」


 放送部の流すアニメソングを聴きながら数学を解いていた雛乃が、教室の外から自分の名前を呼ぶ英美里の姿に気がついた。


 「お! 英美里ちゃん! どうしたのー?」


 「雛乃ちゃんの数学のノートを見せてほしいなと思って」


 「そんなのお安い御用だよ! 入って入って!」


 雛乃の声に促され、英美里はキョロキョロしながら雛乃の席に近寄った。


 「はい、数学のノート」


 「ありが……って、これ……タブレット端末?」


 雛乃の持っている平べったいボードに英美里が戸惑う。


 「実はこれ、ノートなのだよ」


 「これが? ノート?」


 「タブレット端末といっちゃえばそうなんだけど、これは手書きに特化したデジタルノートなんだよ」


 雛乃はプラスチックのペンを握り、デジタルノートにさささと文字を書いた。


 デジタルノートに書き起こされた『西村英美里』の文字は、紙に書かれたそれとなんら遜色そんしょくないほど繊細に写っている。


 「これ一つで全教科のノートを管理できるから荷物も少なくなるし、色ペンも買わずに済む。 それに……」


 「それに……?」


 「英美里のスマホにデータを送ることもできる。 つまり、ノートを写すまでもなく英美里ちゃんはノートの内容を入手することができるのだ!」


 「おお、それはとっても便利だね……!」


 ノリノリで話す雛乃につられて、英美里も心なしかもワクワクしてしまっている。


 「欲しいページを選んでくれれば、後で英美里のスマホに送っとくよ」


 「ありがとう雛乃ちゃん!」


 雛乃がデジタルノートを英美里に渡す。


 英美里はデジタルノートを数ページスライドさせて、書かれている文字を読もうとした。


 しかし。 


 「あれ……。 雛乃ちゃん、ノートに書かれている数式、どれもまったく読めないんだけど……」


 「ああ、私、学校の授業は簡単すぎるからミレニアム懸賞問題を解いているんだよね。 今映っているのはabc予想。 いる? a・b・c?」


 「ミレニアム懸賞問題って、数学分野で未解決問題だとされている……」


「それそれ。 全然未解決じゃないと思うんだけどなぁ」


 けろっとしている雛乃の横で、英美里はプチパニックを起こしていた。


 雛乃ちゃん、もしや数学の天才なんじゃ……?


 「え、えっと……。 やっぱりりっちゃんに見せてもらうね」


 「遠慮しなくていいのにー。 もし欲しい証明式があったら言ってね!」


 私は授業の板書が欲しいだけなんだけど。


 「う、うん、ありがとう」


 お昼休みの終了を告げるチャイムが教室内にむなしく響いた。

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