第3章 IT IS WATER.

81bit ナツトセンプーキ


 「やっほー、糸っち」


 「雛乃ちゃん……やっほ~……あぁ、今日も暑いね……」


 糸はクタクタになりながら自分の席に向かう。


 季節はすっかり夏模様となり、容赦なく襲い来る太陽の熱と格闘する日々がこのところずっと続いている。


 湿度があまりなくからっとしていることがせめてもの救いだろうか。


 ただ、暑いものは暑かった。


 早くMANIACで涼もう、外を歩きながら糸はずっと我慢していた。


 それなのに……。


 MANIACの部屋の窓がすべて閉まっている。


 パソコンなどの精密機械があるせいだろうか。


 「エアコンがないと死んじゃうよ……」


 糸はぼやきながら自席に座り、目の前を見た。


 「え……なにあれ……」


 いつの間にか教壇の上によくわからない物体が置いてある。


 円筒の上にまるい輪っか……何かのメタファーを示したオブジェだろうか。


 「あの扇風機のこと?」


 「扇風機……?」


 糸はオブジェをまじまじと見た。


 明らかに風を扇ぎそうにない。


 第一、肝心の羽根がどこにもないじゃないか。


 「雛乃ちゃん、暑さでどうにかなっちゃったんじゃないの……? あれが扇風機なわけないじゃん」


 「糸っち……」


 雛乃はどこか憐れむような声を出しながら立ち上がり、謎のオブジェに近づいた。


 やがて、雛乃がちょこちょことオブジェをいじると、たちまち糸の顔面に突風が吹き荒れた。


 「アワワワワワ、ヒナノチャントメテトメテワタシガワルカッタ」


 ぐちゃぐちゃになった前髪の糸がしたり顔の雛乃に懇願する。


 「ね、言ったでしょ。 これは羽根のない扇風機なんだよ。 赤ちゃんが手を入れても怪我しないし、掃除も簡単。 それに何よりかっこいい」


 雛乃はまるで羽根のない扇風機の開発者であるかのように力説した。


 「で、その扇風機はなぜここにあるの……」


 「私が来た時にはもうあったから、たぶんハジメさんかシズクさんが用意したんだろうね」


 「ふーん……扇風機ねぇ……」


 糸はどこか腑に落ちなかった。


 黒いタネのないスイカを食べたような感覚。


 便利ではあるんだろうけど、どこか寂しい気もして……。


 「やっぱり羽根のある扇風機には風情があるよ、うん。 ゆるやかな風を受けながら宇宙人のまねをして、ぬるいぬるいと文句を言う。 これこそ夏の風流ってものでしょ。 私はそういうのも大事にしたいかな、もう高校生だし」


 糸はしみじみと大人ぶった。


 「え、でもさっき、『エアコンがないと死んじゃう』って言ってなかった?」


 「あ……」


 雛乃がもう一度スイッチを押す。


 「アワワワワ、ゴメンナサイーー」

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