80bit 月の光


 「視聴者の皆さんこんにちは、えみり*です! さて、動画のタイトルにも書いていますが、本日は皆さんに二つの重大発表があります。 一つはもう気付いていますよね? そうです! なんと顔出しをしているのです! は、恥ずかしい限りなのですが……でも、これからは顔を出して動画を作成していきます! そして、もう一つの重大発表なのですが……この度えみり*は改名したいと思います! その名も……『えみりり』! ほとんど変わってないじゃん……というコメントで溢れそうな予感ですが……でも、これでいきます! 新スタイルとなってパワーアップした私をこれからもどうぞよろしくお願いします! では、続きまして本日歌う曲についてですが……、今話題沸騰中のネット配信ドラマで使用されているあの曲を歌ってみたいと思います。 しっとりとしたメロディーの中に宿る切なくも力強いメッセージを歌声で表現できたらと思います。 それでは聴いてください、『月の光』――」


 投稿を済ませた英美里はキーボードに両手を添え、戦闘態勢に入っていた。


 投稿してからものの一分足らずで怒涛どとうのコメントがなだれ込む。


 そのどれもに迅速かつ丁寧にお返しをしなければいけない。


 今回の動画は特にコメントが多いんだろうな。


 称賛をあげる声も、非難を浴びせる声も、すべてごちゃまぜでやってくる。


 ただ、自分は逃げない。


 挑戦し、強くなって、みんなの希望になる。


 新たな自分を信じて。


 画面にポコンポコンと通知が表示された。


 英美里は両手の指に熱を込めた。


 カタタタタタタタタタタタパシッ。


 カタタタタタタタタタタタタタタタタタパシッ。


 カタタタタタタパシッ。


 カタ……タ…………タ?


 英美里はあるコメントを読んだ瞬間、身体が一気に硬直した。


 そして、すべてが繋がったとき、不意に笑みがこぼれてしまった。


 ユーザ名とコメントの言葉。


 今まで一度たりとも来たことはなかったのに。


 そうか、そういうことだったのか。


 どうやら犯人はハジメさんじゃなかったようだ。


 また、いつか会えるといいな。


 英美里はキーボードから手を離し、その場に立ち上がった。


 回線が遅くてコメントの返信に時間がかかった、という言い訳はおそらく通用しないだろう。


 でも今は少しだけ、昔のことを思い出してみたくなった。


 英美里は歩いて壁のスイッチを押した。


 部屋が夜に変貌する。


 そのまま英美里は窓際に向かった。


 窓の外を見上げる。


 今日は天気がいい。


 星がたくさん瞬いていた。


 そして。


 英美里の瞳にはまん丸の月が映った。


 月は夜空の中心で、キラキラと光っていた。




第2章 IT IS STAR. 完


 


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る