いっといず

うにまる

第1章 IT IS HACK.

1bit ITって……?


 懐かしいなぁ。


 大場糸おおばいとは棚に陳列されている駄菓子をのんびりと眺めていた。


 幼い頃によく来ていたこの駄菓子屋は、駄菓子の種類こそ変わっているものの、雰囲気は昔となんら変わらない。


 暖かな空気が部屋いっぱいに広がっていた。


 小銭を握りしめて、買うおやつを真剣に選んでいたっけ。


 高校生になった糸はセピア色の光景を思い浮かべていた。


 「こんちわーー!」


 小学校低学年くらいの男の子が元気に挨拶をして駄菓子屋の中に入ってきた。


 思い出の中の小さな私と男の子が重なり、小さな思い出はふっと消える。


 彼も小銭を握りしめて、おやつを買いに来たのかな。


 糸は微笑ましく男の子の行方を目で追った。


 男の子は棒状のゼリーとスナック菓子の袋を手に取ると、カウンター前のおばあちゃんにさっと差し出した。


 「120円だよぉ」


 昔から猫背だったおばあちゃんはゆったりとした口調でそう言った。


 あぁ、男の子はきちんと間違えずにお金を出せるかな。


 少しばかりの心配を糸が抱いたときだった。


 「くじらPayで」


 ???


 糸は何が起きているのか、把握するのに時間がかかった。


 男の子はポケットからスマホを取り出す。


 おばあちゃんはバーコードリーダを慣れた様子でかざす。


 やがて、「ほえぇーーる」という奇怪な電子音が流れた。


 男の子は駄菓子を受け取ると、満足げに駄菓子屋を出ていった。


 糸は呆気に取られてしまった。


 もう、こんな時代なのか。


 糸は動揺している心を落ち着かせようと、棚の駄菓子に目を戻す。


 すると、ちょうど視線の先にお気に入りの飴玉を見つけた。


 これを買って帰ろう。


 糸は飴玉を三個手ですくい持ち、おばあちゃんの前に置いた。


 「60円だよぉ」


 糸は財布から50円玉と10円玉を取り出してカウンターの上に置いた。


 今日は間違えずにお金出せたね。


 おっちょこちょいだった私のことは、きっとおばあちゃんも忘れているだろう。


 けれど、そんなセリフがまた聞けるのではないかとひそかに期待してしまっていた。


 「ごめんねぇお嬢ちゃん。うちは電子決済だけなんだよぉ」


 え、うそでしょ。


 想定外の展開に糸はどうすることもできない。


 おばあちゃんが申し訳なさそうにお金を戻す。


 糸の手のひらには二枚の硬貨だけが残った。

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