第103話 彼らはほんの僅かな衝撃で死に至る
俺とドーグリューズの間に流れる無言の空気。
ピリピリと張り詰めているわけはないが、どこか居心地が悪かった。
「お前はDランク冒険者か?」
そんな中、前を歩くドーグリューズが口を開く。
「ええ。そろそろ昇格試験を受けようと思っていますが」
「じゃあ雑魚ってことか。良かったな。俺様のようなエリートの犠牲になれてよ」
ドーグリューズは体を反転させてニチャリと笑った。
人を見下すような下卑た視線と発言だ。
「……早く向かいましょう」
俺は立ち止まるドーグリューズを置いて歩き始めた。
「つまんねぇな。こういう時は”ドーグリューズ様ぁぁ! どうかお命だけはお助けくださいぃぃ”って縋り付くんだよ。たかがDランク冒険者の分際でBランク冒険者の俺様に逆らうんじゃねぇぞ。わかったか?」
興が覚めたように不満げな声色だった。
「早く向かいましょう」
再度同じ言葉を告げる。
悠長にしている時間はないのだ。
現に、リザードマンの群れはすぐそこまで迫ってきている。
「チッ……命くらいは助けてやろうと思ったが気が変わっちまった。リザードマンの群れに突っ込んで無様に死にやがれ」
ドーグリューズは苛立ちを隠さずに舌打ちをした。
「俺はDランク冒険者なりにできるだけ撹乱しますね。その間に貴方がリザードマンを一掃してください」
言われっぱなしは御免なので、俺は少しだけ嘲るような言い方をした。
それに、ドーグリューズの闘志に火をつけた方が事が運びやすくなる。
「ッ! んなことお前なんかに言われなくてもわかってるよ」
「来ましたよ。数は四十に満たないくらいですが大丈夫そうですか?」
木っ端リザードマンが三十体ほど。中堅クラスが五から十体ほどだ。どうやら大将クラスは出向いていないようだ。
各々の手には大小様々な種類の剣が握られており、皆が皆こちらを見据えている。
戦闘に飢えているのか、前に長い口から生えた尖った牙の隙間からはダラダラとヨダレが垂れているのが見える。
「俺様はBランク冒険者のドーグリューズ様だ! リザードマン如き、一瞬で片付けてやるぜ。お前は俺様の足を引っ張るんじゃねぇぞ! ほら、まずはお前が死に物狂いで走り回ってこいや!」
ドーグリューズは背中に差した大剣を抜き払うと、腰を踏ん張り両手で力強く構えた。
その巨体と相まって武器との相性も中々に良さそうだ。
「はい。討伐は貴方にお任せします。では」
俺はノーモーションで駆け出した。
リザードマンまでの距離はおよそ三十メートル。
すぐさま群れの中心にするすると入り込む。
「ツワモノカ……?」
当然、やつらは俺のことを訝しげな目で見つめてくるが、そんなのは一瞬の出来事にすぎない。
ものの数秒で皆が剣を構えると、俺の首を目掛けて勢いよく振るってきた。
ちなみにリザードマンは知能が高く、人の言葉を少しばかり理解することができる。
「っと。やはり階級が低いとスピードと剣筋はあんまりだな」
無数のリザードマンが放つ連続攻撃を難なく回避する。
ドーグリューズから見ると、俺がリンチにあっているようにしか見えないのだろう。
「一……いや、二振りでちょうどいいか」
小刻みにステップを踏みながら回避すると同時に思考する。
連続した一対一の勝負であればドーグリューズにも勝機はあるが、一気に襲い掛かられたら流石に厳しいだろう。
ここは一つ手を貸すとしよう。
本当は目立ちたくないし、ドーグリューズの手助けなどあまり気が進まないのだが、街の住民の安全のためだ。我慢しよう。
頭の中で結論を出した俺は、体勢を整えてリザードマンの群から離脱した。
「おいおい、勢い任せに突っ込んだかと思ったら、なんだ? お前、本気で勝とうとしているのか? Dランク冒険者の雑魚が笑わせるな!」
挑発するように笑っている。
はぁぁぁ……貴方が一人じゃ勝てないと思ったから手を貸しているのに……。
まあ、いい。構うだけ無駄だ。とっとと終わらせるとしよう。
「ふっ……」
俺は地面を蹴って駆けると同時に抜刀した。
全力の半分以下のスピードしか出していないが、前線にいる木っ端リザードマンたちはついてこれていない。
そして、繊細かつ大胆に素早く二回だけ剣を振るい、すぐさま納刀。
「……ナニヲシタ?」
手に持つ剣とその太い首元に一太刀いれたのだが、全く気がついていない様子だ。
それもそのはず。なぜなら、俺の攻撃は直接死に至らしめるためのものではないからだ。
今死ぬことはない。しかし、少しでも衝撃が加われば一瞬で終わる。
後はリザードマンに敵わないフリをして攻撃を回避し続けるだけだ。
リザードマンは太刀打ちできない俺のことを弱者だと判別したはずだ。特に興味も湧かないので、俺のことを殺しにかかるだろう。
「オマエ、イラナイ。ヨワイ」
案の定とでも言うべきか、呆れた感情にものを言わせて乱雑な攻撃を仕掛けてくる無数のリザードマン。そのつまらない攻撃を無言で回避し続ける俺。
そんな俺とリザードマンの攻防を見てニタニタと笑うドーグリューズ。
「ヒャヒャヒャヒャヒャッ! 愉快愉快! あれだけいきがっていたのに結局は格上の相手に太刀打ちできずに逃げてばかりかよ! このままその無様な姿を眺めていてもいいんだが、Aランク冒険者になるためにはこう言う時に活躍しねぇといけねぇからな。俺様が手を貸してやるよ!」
汚い笑い声を出したドーグリューズは、無数リザードマンの胴体部分を狙うようにして大剣を横振りした。
大振りな一撃だ。そのスピードと挙動には隙しかないが、威力はそれなりにある。
俺は攻撃が届く前に跳躍し、十数メートル離れた地点に着陸した。
「オマエ、マエ、ナカマヲ、コロシタヤツ。ツヨイ」
もろに攻撃を喰らって吹き飛ばされる数体のリザードマンは、ドーグリューズの姿を見て何かを察したらしい。
起き上がって一斉に剣を構えるが、既に勝負はついていた。
「ウッッ……ナゼ……ッ?」
数体のリザードマンが剣を構えた直後。彼らの首元から血飛沫が吹き上がった。
そして首と胴が綺麗に斬り離され、一瞬にして絶命。
手に持つ剣ですら両断されている。
辺りには静寂が訪れた。
俺を除いて誰一人として何が起きたのか理解できていない。
「ニンゲン、ナニヲシタ。ツヨイ」
「は? え?」
リザードマンの問いにドーグリューズは素っ頓狂な声を上げたが、一つ咳払いをすると口角を上げた。
「こ、これが、俺様の力だ! かかってこい、トカゲ共!」
ドーグリューズが挑発すると、リザードマンは一斉に攻撃を開始するが、ドーグリューズの大剣で剣を受け止めただけで絶命していく。
ほんの少しの衝撃が命取りだ。
「ヒャヒャヒャッ! すげぇ……すげぇぞ! 俺様はここにきて更なる進化を遂げたんだ! これならあの人と対等な関係でいられるッ!」
調子に乗って子供のように大剣をブンブン振っていた。
俺が手を加えたから何とかなっているものの、本当なら命が何個あっても足りない戦闘スタイルだ。
昔のルークを見ているようだ。
「……良くも悪くも素直すぎるな」
俺は真っ赤な血で塗れた光景に背を向けた。
それにしても西側の平原の方は大丈夫だろうか。
万が一、街に侵入されていたら危険なので、ここはドーグリューズに任せて、俺は先に帰還するとしよう。
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