第99話 さようなら王都
『帝』の拠点の前の開けた道の上。
帰還の準備を整え終えた俺たちは、フローノア行きの馬車に乗り込もうとしていた。
「まだ目が覚めてから一週間しか経っていないのに、本当にいいのかい?」
「お世話になりました。ジェームズさん」
見送りに来たのは、アンの父親であり『帝』のパーティーリーダーでもあるジェームズさん。
その横にはゴードンさんの姿もある。本当はカナタさんも来る予定だったらしいのだが、少し予定が変わって来れなくなったらしい。
「気が向いたらまた王都に来るといい。その時はたくさんのおもてなしをしてあげよう。まあ、君ほどの実力者なら、すぐにこっちへ来ることになるかもしれないけどね」
王都は力のある冒険者が集まる場所だ。
フローノアやその他の街に留まり続けるパーティーはそう多くない。
「まだしばらくはフローノアで過ごしますよ。王都に来るのは俺以外の実力がもう少しだけついたらですかね」
俺は背後の馬車を指差した。
馬車の中にはルークとアンとシフォン、レナの姿があり、御者席には渋みのあるおじさんが乗っている。
帰還のための足がなかったことを知ったジェームズさんが、わざわざ馬車と御者を手配してくれたのだ。
「そうかい。ところで……その、”彼”はどこにいるんだい?」
「彼?」
ジェームズさんは誰かの姿を探すように、キョロキョロと辺りを見回していた。
誰のことだろうか。
「袴を着て刀を携帯してた彼だよ。もしかして、ジェイプで……」
途端にシリアスな顔つきになった。
ああ、サスケのことか。そういえば何の説明もしていなかったな。
何か良からぬ勘違いをしているようだし、訂正しておこう。
「いえいえ、サスケは自分が決めた道に進んだだけです。ジェームズさんが考えているようなことはありませんよ」
俺は笑い飛ばすような軽快な言い方をした。
サスケとはまたどこかで再会できるはずだ。
心配する必要はない。
「それは良かった」
「——————タケルさぁーーん! もうそろそろ出発しないと時間的にも厳しいみたいだよー!」
ジェームズさんが微笑むのと同時に、馬車の窓から顔を出したアンが手を振ってきた。
少し立ち話をしすぎたようだ。
「では、そういうことなので失礼します。ゴードンさんもお元気で」
ゴードンさんは頭から足の先まで防具をつけているため顔は見えないが、確かに俺と目があっていた。
何か話すことでもあるのだろうか。
ゆっくりと近寄ってくる。
「……タケル。近いうちに『漣』の誰かがフローノアに赴くだろう。その時は慎重に行動したほうがいい。うちのリーダーが何かを企んでいるようだ」
俺の耳元で小さな声で囁かれたその言葉は、とても頭の中で容易く消化しきれるものではなかった。
ロイが何かを企んでいる?
「それはどういうことですか?」
俺は横を通り過ぎたゴードンさんに聞き返す。
「わからない。とにかく、フローノアで起きた一件は、サラリーの口からロイのもとへ既に伝わっている。俺からは以上だ。ではな」
ゴードンさんはそれだけを言うと、すぐに立ち去ってしまった。
「……」
俺は無言でゴードンさんの背中を見つめて考えた。
おそらく、ゴードンさんには全てわかっているのだろう。俺がケイルでタケルであるということに。
しかし、あの口ぶりからしてロイたちは理解していないようだ。
『漣』の誰かがフローノアに来るとはなぜだろうか。
そして、その誰かとは、ロイか? スズか? それとも俺の知らない人間か?
まだわからないが、頭の片隅に入れておくとしよう。
「タケルくん。大丈夫かい?」
「……あ、はい。少し考え事をしていました。では、少し待たせているようなので失礼します」
「うん。気をつけるんだよ」
俺はジェームズさんに一礼してから、馬車に乗り込んだ。
四頭立ての馬車なので、中は広く快適だ。
「よっと」
「出発!」
——————ヒヒヒヒィィィィィィィィン!
俺が腰を据えたことを確認した御者のおじさんは、四頭の馬に鞭を叩いた。
馬の鳴き声とともに馬車はゆっくりと動き出し、窓越しから見える『帝』の拠点が徐々に遠のいていく。
「お父さん、バイバーイ!」
「お世話になりましたーーーーーっ!」
アンとシフォンが身を乗り出して、ジェームズさんに手を振っている。
俺が眠っている間に色々と話を聞いたのだろう。
「ルークとレナは帰ったら何をするんだ?」
俺は落ち着いて話ができそうな二人に話しかけた。
「私は冒険者業に復帰します。実は師匠がいない間に父上からの許可を得たんです」
「それは良かったな」
ルークの表情は生き生きとしていた。
長い間、冒険者業を禁じられていたので嬉しいのだろう。
「レナは商売を続ける感じか?」
「まあ、そうね。たまに屋敷に帰るけど、基本的にはあそこで暮らすつもりよ。それと、これまでの感謝料として、タケルには稼ぎの月に幾らか分配するつもりよ」
どうやら魔導具ショップ——レナーズを続けるようだ。
冒険者として登録して一緒に冒険に行くのは少し厳しかったので、本人がその決断をしてくれるのは素直にありがたい。
「三人だと食費もバカにならないし今は余裕がないから助かるな」
俺は姿勢を正したアンとシフォンを一瞥した。
すると、その視線に気がついた二人が、前のめりになって接近してきた。
「ねぇねぇ、タケルさん。帰ったらすぐクエスト受けに行こうよ。体が鈍ってるからたくさん冒険しないとね」
「DランクかCランクのクエストをたくさん受注して、早くCランク試験に臨みたいですね!」
二人は俺にそれだけ言うと、どんなクエストを受けるかなどの具体的な話を二人だけでし始めた。
よっぽど楽しみなのだろう。
「……いい仲間を持ったな」
ひとりでに俺は呟いた。
開かれた窓からは心地よい風が入り込んでくる。
フローノアに帰ったらまた俺たちの冒険が始まる。
今はゆったりとした時を過ごすとしよう。
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