第92話 将軍の過去
「まず、タケル殿はリヴァイアサンについてどの程度ご存知ですか?」
「全長が六十メートルで、三十年前に数千人の命を奪ったってことと、最終的にはマスター・トウケン・ランブマルが追い返したってことくらいだな」
客室へと続く道のりの途中。
俺はヨウニンさんにリヴァイアサンのことについて聞いていた。
「ふむ。では、第二十一代目将軍とその妻が亡くなられたことはご存知ないのですね」
「ついさっきまで知らなかったな。将軍がそれらしいことを言っていたのは覚えているが」
将軍は言っていた。父上と母上の仇をとってくれ、と。
リヴァイアサンが現れたのが三十年前。
将軍の年齢が八歳。
どう計算しても時間軸に狂いがある。
あの言葉は一体、どういう意味なのだろうか
「三十年前のあの日。ジェイプの民は襲いくるリヴァイアサンになす術がありませんでした。数千人の命が一瞬にして奪われ、人々は絶望を味わったのです。しかし、当時の将軍様とその妻の命は奇跡的に助かりました。しかし、渦潮に飲まれ、牙で体を抉られたこともあり、我が国の医療技術を持ってしても全身の傷が癒えることはありませんでした。そして今から八年前。彼らは将軍様の命を残してこの世を去ってしまったのです」
「……そういうことか」
神妙な面持ちで語られた三十年前の話を聞いて、俺は時間軸の狂いを理解することができた。
きっと将軍は実の両親の顔すら記憶にないのだろう。
残酷な話だ。
「まさか、将軍様の過去を知らずにあそこまで詰め寄るとは思いませんでした。タケル殿の”強さ”には驚かされましたよ」
だからヨウニンさんはあんなに驚いていたのか。
「俺が無知だっただけだ」
事情を知っていればもっと言い方があったはず。
今の俺は心身ともに相当に疲弊しているので、薬への執着と焦る気持ちも相まって、周りが見えにくくなっている。
俺は眉間のあたりを指でほぐし、小さく息を吐いた。
「……さて、到着いたしましたぞ。ベッドではなく敷布団ですが大丈夫ですかな?」
部屋の前に到着したようだ。
ヨウニンさんはおもむろに襖を開けた。
「問題ない」
部屋の中は非常にシンプルに作りになっていた。
あるのは、敷布団と小さな丸テーブルだけだ。
「ワタクシはこれから将軍様とサムライと下級武士、国の民たちを避難させますので、ここいらで失礼します」
俺が部屋に入って頷いたのを確認すると、ヨウニンさんは少し忙しない口ぶりでそう言った。
彼も彼で時間に追われているので、そそくさと避難の指示を出したいようだったが、ここで俺はヨウニンさんのことを呼び止める。
「ちょっと待て。一つだけ忠告しておきたいことがある」
「忠告、ですかな?」
「ああ、将軍からは絶対に目を離すな」
「タケル殿は将軍様が何かしでかすと思っているのですが?」
強い語気で放たれた俺の言葉に、ヨウニンさんは目を丸くして驚いていた。
「わからない。念のためだ」
民を愛し、平和を求め、伝統を重んじてきた将軍は、リヴァイアサンを恨んでいることだろう。
良くも悪くも子供は何をするかわからない。だからこそ危険なのだ。
「承知いたしました。将軍様はワタクシの目が届く範囲で見張っておきます。タケル殿こそお気をつけて。では」
「気をつけるんだぞ」
ヨウニンさんは真剣な表情で頷くと、襖を閉めてバタバタと走り去っていった。
部屋で一人になった俺は、刀を壁に立て掛けて、布団の上で横になる。
「目が覚めたら四人で冒険したいな」
仰向けになって天井を眺めて呟いた。
頭の中で描く、眠りについた三人のこと。
早くフローノアに帰りたい。そのために、俺は役目を果たす必要がある。
それまでの辛抱だ。
いつ何が起きても目を覚ませるように、警戒の念を胸に秘めながら眠りにつくとしよう。
「おやすみ」
俺はそっと目を閉じた。その言葉に返すものは誰もいない。代わりに城内が途端に騒がしくなった。ヨウニンさんのおかげだろう。
戦いはあと数時間で始まるのだ。
今は体を休めることにしよう。
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