第91話 将軍は子供

「其方。馬車の外でヨウニンと話をしていた男だな?」


 将軍の第一声は、俺に向けられたものだった。

 偉そう、というよりも現に偉い立場にいるので、もっともな口調だとは思ったが、その声は明らかに年相応のもので、背伸びをしているようにしか見えない。


「そうだ。君は将軍で合ってるか?」


 顔を上げた俺は将軍の顔を見ながら言った。

 丁寧な言葉で話そうか迷いはしたが、相手の人柄がわからない以上、後手に回ると不利益が生じそうなので、敢えて敬語を外して話すことにする。


「うむ。我こそはジェイプの第二十二代目将軍であるぞ」


 将軍はちょこんという言葉がよく似合う感じで小さな座布団の上に座りながら、俺のことを上から見下ろしていた。

 髪型は街でもよく見かけた普通のちょんまげではなく、ごく一般的な爽やかなショートヘアだった。

 薄青色の袴を着ており、袴の袖元には家紋のような金色の印があったが、袴自体のサイズが全く合っていないせいで、どうも様になっていないように思える。


「俺はタケルだ。ある用事があって本土のフローノアという街からやってきた。まずは、俺の方からいくつか質問をしても良いか?」


 特に気難しい雰囲気にはならなかったので、俺は正座を崩してあぐらをかき、気兼ねない口ぶりで将軍に言った。


「うむ。何を聞きたいのかは既に把握しておる。リヴァイアサンのことであろう? それに関して我が語ることはほとんどない。とっとと本土へ帰るといい。戦力をほとんど持っていない我々は、リヴァイアサンが現れてからものの数分で全滅だろう」


 将軍は子供ながら何とも悲観的な考えをしていた。

 それも当然か。マスター・トウケン・ランブマルが見つからなかった以上、もう既に打つ手はないのだろう。


「まあ、そうだろうな。冒険者制度もなく、見たところ、この島国には巨大な城下町が一つだけ。人々も温厚で内部での争いもゼロ。三十年前のリヴァイアサンの件から形態を変えていない理由は聞かないが、多少の武力は持つべきだろうな」


 今回に限らず、ジェイプはいつ滅んでもおかしくない。

 それこそ本土からの侵略だったり、海に潜むモンスターによる攻撃だったり、多くの可能性がある。

 どうしてここまで長く血を残してこられたのか不思議なくらいだ。


「正論だ。しかし、我は父や祖父、更にはその上の先祖が残した、武力を行使をしないという伝統を守らねばならぬのだ。そうすれば民は平和に過ごすことができる。それに比べれば仕方のないことだ。大人しく滅びるのを待つのが筋というものだろう」


 伝統に平和……か。

 俺だって子供の頃は一度くらいは考えたことはある。

 もしも、モンスターなんていない世界だったら。

 もしも、全ての人々が温厚で人情深く、他人のために尽くせる善人だったら。

 この世界は苦しむ人は誰一人として存在しなかったのかもしれない。

 だが、それは愚かな考え方だ。

 なぜなら、それは俺たち人間が頭の中で描く幻想に過ぎないのだから。


「くだらない考えだ。命と伝統を天秤にかけるな。今はいつリヴァイアサンが襲いにくるか全くわからない状況だ。無駄な思考は捨てて戦いに備えろ。弱気な態度は戦闘において命取りとなる。今の将軍の言葉の通りに捉えるのなら、ジェイプに暮らす人々の命を捨てるということで合っているか?」


 俺は将軍の言葉を一蹴した。


「そうは言っていないだろう! 我は、我はただ……父上が繋いだ伝統を守り抜こうとしただけで———」


「———そんなもの、今は忘れろ! 聞いたところによると、三十年前には数千人が渦に飲まれているんだろう? 過去の過ちを二度繰り返すのは愚か者のすることだ。伝統を守り、意志を貫きたい君には酷な決断かもしれないが、早いうちに避難したほうがいい」


 将軍の言葉を遮った俺は、上座で勢いよく立ち上がって表情を凄ませる将軍のもとへ歩き寄り、床に膝をついて視線を交わした。


「……其方は強いのか?」


「多分な」


「あのバケモノを! にっくき怪物を討伐できると言うのか!? 我の父上と母上の仇を取ってくれるのか!」


 将軍はカッと目を見開いて、鬼のような形相で俺の眼前で声を荒げた。

 まるで復讐に燃えて修行に励んでいた頃の、過去の俺のようだ。

 その言葉からは確かな思いを感じる。


「仇がどうこうについてはわからないが、一度受諾した依頼だ。何とかしてみせるさ」


「……それなら、我は其方に任せても良いのか?」


 喜怒哀楽がはっきりし過ぎているその様子は、将軍ではなく年相応の子供のようだった。


「任せろ」


 俺の言葉に迷いはなかった。


「民の命は救えるかもしれない。だが、我は無力。何もできないのか……」


 将軍は強張った全身を一瞬にして脱力させた。

 それは安心したからか。いや、別の思いも胸に秘めていることだろう。

 その目の奥の炎はメラメラと燃え続けているのがわかる。

 これは少しだけ注意が必要だな。

 

「最後に一つ聞いても良いか?」


「なんだ?」


「ウェイクアプの丸薬とやらを知っているか?」


 未だ名も知らぬ爺さんが言っていたとある丸薬について、俺は将軍に聞いた。


「ウェイクアプ……? 我はジェイプにある全ての文献を読み漁ったが、そのような丸薬は見たことがないな。役に立てずにすまない」


「いや、全く問題はない。ヨウニンさん、話も終わったことだし、そろそろお暇させてもらうよ」


 俺は謝罪の言葉を口にした将軍を一瞥してから、その場に立ち上がって背後にいるヨウニンさんの方に向き直った。

 ヨウニンさんは俺たちのやり取りに何か驚く点でもあったのか、口をぽっかりと開けて放心している。


「……! さ、左様ですか。み、見たところ宿も取っていないようですし、本日はワタクシどものエドジョウにお泊りください」


 ヨウニンさんはハッと我に返ったようにブンブンと首を横に振ると、すぐさま外へと続く襖を開けて俺に手招きをした。

 ここで最後に将軍に別れの挨拶をしようと思ったが、既にそのカーテンは完全に下ろされており、その顔を見ることは叶わなかった。

 まあ、これから街の住人と避難を始めるだろうし、心配する必要はないだろう。

 いくら両親の敵討ちと言っても、八歳の少年がリヴァイアサンとまともにやりあえるわけがないので、無謀な策には出ないはずだ。


「では、甘えさせてもらおう。俺を部屋に案内してからでいいんだが、街の住人を全員十キロ以上離れた地へ避難させてくれ。頼めるか?」


「ははぁっ! ヨウニンにお任せあれ!」


 俺の言葉にヨウニンさんは、将軍の側近らしく片膝をついて首を垂れた。

 相手を間違えている気がするが、彼は義理堅い男なのだろう。指摘しても頑固そうなので放っておくことにする。


「よし。それじゃあ、部屋に向かう途中だけでいいから、リヴァイアサンについて知っていることを教えてくれ」


 俺は立ち上がってからすぐさま歩き始めたヨウニンさんの横で、話に耳を傾ける準備を整えた。

 リヴァイアサンについてはまだまだ知らないことばかりだ。ここいらで少しは情報を手に入れておきたいところだな。

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