第89話 女房

「爺さーん。鉱石の採掘、終わりましたよー」


 将軍と別れてジェイプに帰還した俺たちは、真っ先に爺さんのもとへと向かった。

 建築からザッと三十年近くは立っていそうな木造の古家は、ところどころ綻びており、一眼でわかるほどの年季を感じる。


「むむ? おお……お主らか。随分と早い帰還だったの。調子はどうじゃ?」


 古家の扉がキーーーーッという高い音を鳴らしながら開かれると、僅かに開いた扉の隙間から爺さんがひょっこりと顔を出した。

 爺さんはニタニタと笑いながら、俺たちのことを家の中に入るよう目で促した。


「まあ、良いか悪いかで言えば悪いですね。不眠不休で動き回っていましたから」


 俺とサスケは軽く会釈をしながら家の中に入った。

 中を歩くとぎしぎしと古い木目の床が音を立て、本土にはない趣を感じさせる。

 極東の国らしく靴を脱ぎ、引き戸を一枚開けた先にある部屋の奥に進む爺さんについていく。


「そうかそうか。それはご苦労じゃったな。ほれ、適当に座りなさい」


 爺さんが案内した部屋には畳がぎっしりと敷かれており、部屋の奥にある刀掛けの上には一振りの刀が堂々と鎮座していた。

 俺が持っている鈍とは到底比べものにならないほどの、かなりの業物だと抜刀せずとも一眼でわかる。


「どうも。それでは早速本題に入ります。サスケ」


 俺はそんなことを考えながらも畳の上に尻をおろし、斜め後ろ辺りで正座をしたサスケに目配せを送った。


「御意。我々は鉱山にあった鉱石のほぼ全てを採掘して参りました。どうでしょうか」


 サスケは担いでいた風呂敷を目の前に静かに置くと、しゅるしゅると布が擦れる音を出しながら硬く結ばれた風呂敷の口を開いた。


「ほほー、こりゃあ驚いた。やはりワシの目に狂いはなかったんじゃな。いやはや、これでジェイプも安泰じゃ。お主らになら任せられるのぅ」


 爺さんは大量の鉱石を見て目を丸くしたが、途端に神妙な顔つきになって弱々しく細い腕を組んだ。

 

「ふむ。それで、刀を打ってもらうことはできますか?」


 安泰やら任せるやらについてはよくわからなかったので、俺は適当に流して次の話題に移る。


「むむむむ? 刀……とな……? あ、ああ、そんな話じゃったな。まあまあワシに任せておけぃ。早ければ明朝には……な?」


 爺さんは俺と結んだ約束を忘れていたのか何なのか、途端に怪しげな言動を見せ始めた。

 悪意や敵意は感じないので放っておくが、ここで逃げられる可能性も十分にあるので、何か手を打っておかなければならない。


「ええ、よろしくおねがいしますね。それで、ずっと気になっていたのですが、あの刀は?」


 俺は爺さんの背後に目をやった。

 刀掛けに鎮座するその一振りは、見れば見るほどどれだけ優れているものか分からせられる。


「……あれは昔ワシが使っていたものじゃよ。今から三十年前。長年連れ添ってきた女房がワシのために打ってくれたんじゃ」


 爺さんはゆっくりと立ち上がると、背後にあった刀掛けに鎮座する刀を手にした。

 そして、懐かしむように目を細めてから、俺の目の前に刀を置いた。


「素晴らしい刀ですね。奥様は今どこに?」


 俺は爺さんと刀を交互に見やりながら聞いた。

 この家には爺さん以外に人の気配はない。


「死んだよ。渦潮に飲み込まれてな。この刀はワシの決心が揺らいだその時、ワシの唯一ではなくなるのじゃ」


「……不躾な質問をしました。すみません」


 俺は頭を下げて謝った。

 まさか亡くなっているとは思わなかった。

 渦潮に飲み込まれたということは事故かなんかだろうか。気になりはするが、さすがにそこまで追求することは俺にはできない。


「いいんじゃよ。それより、話はこの辺にしても良いかのぅ?」


「もう作業に取り掛かってくれるのですか?」


「まあ、そんな感じじゃ」


 爺さんは形見の刀を刀掛けの上に戻しながら言ったが、どこか肯定の言葉を濁したように思えた。


「わかりました。一つお願いというか条件があるんですけど、サスケをあなまに同行させても宜しいですか?」


 俺は横目で斜め後ろ辺りで静かに正座をしているサスケを見た。

 サスケは訳がわからないという表情だったが、特に口を出すつもりはなさそうだ。


「ワシを見張るということかな? まあ、良かろう。幸いと言ってか、この家には裏口というものはないんじゃ。そちらさんが良いなら、外で待ってくれて構わんよ」


 ふぉっふぉっふぉっ、爺さんは言葉を言い終えると陽気に笑った。


「外から気配を探るだけでもいい。別にこの人を疑っているわけではないが、少々言葉の節々に疑問が残る。サスケ、頼めるか?」


「御意」


 サスケは両の拳を畳につけると深く頭を下げた。

 おそらく、爺さんの言っていることは正しいのだろう。裏には別の家屋があったし、他に人の気配もしない。念のためにサスケに見張りを頼んでおくが、逃げる気はあまりないようだ。


「よし。それじゃあ俺はエドジョウに顔を出してくるから後は頼んだ。それでは、失礼します」


 俺はサスケと爺さんを置いて、一足先にこの場を後にした。

 向かう先は将軍御一行がいるエドジョウだ。

 リヴァイアサンの特徴について把握しておかなければならないので、急足で向かうとしよう。

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