第88話 統率

 時たま吹き付ける嫌な強風を全身で感じながら待つこと数分。

 目を細めて集団の方を見ると、サスケがこちらに両手を大きく振っているのが見えた。

 ここに至るまでにサスケがこちらを指をさして説明している様子が見えたが、それもようやく終わったらしい。

 今のはおそらく、もう来ても良いという合図だろう。話し合いは穏便に済んだみたいだ。

 目に見えないスピードで向かっても怖がらせてしまうかもしれないので、俺は軽いランニング程度のスピードで走り始めた。


「凄い統率だな」


 到着まで残り十五メートルというところで、馬車の周囲にいた集団は、俺の通り道を作るようにして一列に並んだ。

 彼らは口を紡ぎ、アイコンタクトのみで意思疎通を図っており、日頃から連携を取れていることがわかる。


「待たせたな。それで何かわかったのか?」


 俺は大きな馬車の近くにいたサスケに声をかけた。

 サスケの周りには数人の男たちが佇んでおり、皆が皆、物々しい雰囲気を漂わせている。

 その実力は……なんと、驚くべきほど弱い。

 どうしてだ。国の中核を任された精鋭たちではないのか?


「お待ちしておりました。旦那。色々とわかったことがあるのですが、それらの説明はこちらの方から。彼は将軍の最側近である——」


「——おお! あなたが本土において他の追随を許さぬほどの最強だというタケル殿でございますか! リヴァイアサンの討伐、よろしくお願い致します! ワタクシは将軍様の最側近にしてジェイプの実質的指導者をしております、ヨウニンと言います。以後お見知り置きを」


 サスケは自身の隣にいた、人当たりの良さそうな顔をした坊主頭の男に手のひらを向けると、男はその言葉を強引に遮って俺に詰め寄ってきた。

 その口調と瞳からは多大な羨望と憧憬、期待を感じ取ることができる。


「……タケルです。どうもよろしく。なあ、サスケ、意味がわからないのだが、彼は何を言っているんだ?」


 俺は一歩後退りながらも、最低限の自己紹介を済ませた。

 しかし、頭の中で理解が全く追いついていないので、サスケに助けを求めることにした。

 俺のことを最強だとか言っているが、一体何のことか全くわからない。


「簡潔に申し上げますと、三日以内にジェイプは滅ぼされるそうです。海の支配者——リヴァイアサンによって」


「はぁ? 何を訳のわからないことを言っているんだ。仮にそれが事実だとして、今の話と俺が最強云々ってことになんの関係がある?」


 俺はなんの躊躇もなくそう言い放ったサスケに、ため息混じりの口調で言った。

 そもそもリヴァイアサンがなんなのかがわからないので、言葉を返しようがないのだ。


「話にはまだ続きがあります。リヴァイアサンは三十年前にジェイプを襲った脅威のモンスター。全長は六十メートルでその攻撃力は絶大なものだとか。当時は数千人単位の命が丸呑みされたそうです。ですが、奴はマスター・トウケン・ランブマルの力によってなんとか退けることができました。しかし、奴は三十年の時を経て復活しようとしているらしいのです」


「その通り!」


 俺がサスケの説明を静かに聞いていると、その横にいるヨウニンさんは、首を縦に激しく振りながら声をあげていた。


「それを踏まえて、将軍御一行はマスター・トウケン・ランブマルを探して遠征を試みていたみたいなのですが、結局は発見することができずに帰ってきたそうです」


 サスケが特に声色や表情を変えずにそう言うと、ヨウニンさんを含めた辺りの人たちががっくりと肩を落としていた。

 見たところ、結構重要な遠征だったらしい。マスター・トウケン・ランブマルに全ての期待を寄せていたのだろう。


「ようやくわかったぞ。どうせお前は『旦那は本土で一番強いお方です。モンスターの討伐は任せてください』とでも言ったんだろ。違うか?」


 俺はサスケの低く響くような声色を真似しながら言った。


「その通りでございます! で、で、で! タケル殿はリヴァイアサンを討伐することは可能でしょうか! 報酬なら幾らでも用意しますぞ!」


 俺の問いに答えたのはサスケではなくヨウニンさんだった。人の良い笑みを浮かべて俺の顔を見ている。

 俺とサスケのことを信用しているというよりは、それ以外に頼るあてがないと言ったほうが正しいだろうか。

 何にせよ、彼らが切羽詰まった状況であることに変わりはない。ヨウニンさん以外の者たちは、表情に影が見える。まるで嵐の直前の曇天の空模様のように。


「……はっきり言うとわからない。だが、滅亡の危機を迎えているということが事実なのだとしたら、俺は喜んであなたたちに協力しよう」


 リヴァイアサンの脅威とやらを俺は全く知らないので、取り敢えず協力してみることにした。

 最近は、まともにやり合ったら敵わないほどの強敵と相対することがほとんどなかったので、俺の闘争心が掻き立てられていたということも関係していたりする。


「おお! 本当ですか! それはそれは頼もしい限りです。正直、ジェイプは人間同士の争いもなく、モンスターもほとんど出現しない平和な島国ということもあってか、我々を含めた民たちは全く戦闘というものを知らんのです。タケル殿がマスター・トウケン・ランブマル殿にとって代わってくれれば、ジェイプの民もさぞかし安心することでしょう!」


 ヨウニンさんはほっそりとした体躯に見合った細い腕を組みながら、目を閉じてうんうんと何度も頷いていた。その明るい態度と言動は、まるで心にある不安を懸命に紛らわしているようにも見える。


「明後日まではジェイプにいる予定だから、その時が来たら参上する」


「旦那。話はまとまったようですし、某たちはあの老人のもとへ向かいましょう。コレを運搬しなければいけませんからね」


 ヨウニンさんの目を見てそう言うと、サスケは急かすような早口で出発を促し、風呂敷を背負いなおした。


「ん? ああ、そうだな。ではな、将軍御一行。できれば、リヴァイアサンなるバケモノが現れないことを祈っている」


 俺がふと気がついたように返事をすると同時に、目の前にいた集団は先ほどと同じようにザッと列をなして、俺とサスケが通る道を瞬時に作り上げた。


「それが一番です! 我々は常に応援を呼ぶ準備をしておりますので、何か用がありましたら、噴水から北側に歩いた先にある”エドジョウ”にいらしてください!」


 歩き出した俺とサスケの背後からは、ヨウニンさんの声が聞こえてきた。全く気にしていなかったが、確かに噴水の北側には巨大な建造物が見えた気がする。濃い霧がかかっていて定かではなかったが、あそこが将軍御一行の住処らしい。


「ああ、またな」


 俺は振り向くことなく右手を上げて、将軍御一行にいっときの別れを告げた。

 その際、俺は馬車の窓にかけられたカーテンの隙間から一つの視線を感じた。

 その視線には敵意や悪意はなく、単なる子供じみた興味や関心だった。


「リヴァイアサン……どんなバケモノなんだろうな」


 俺は歩を進めながら左の四本の指で鞘を握り、残された親指の爪を鍔に当てた。親指の爪を上方向に軽く弾くことによって、カチャ……と小気味良い金属音が鳴った。同時に、刀の根元部分である、はばきがチラリと顔を出す。

 本気を出せば今の間に抜刀し、数百回は敵を斬りつけられただろう。

 まあ、この刀の状態から考えると、斬れたとしても敵の硬さによっては容易に弾かれてしまいそうなので、一瞬の油断も許されない。


「何とかするしかないか、サスケ」


「某も加勢しますよ、旦那」

 

 俺とサスケは目を合わせて同時に頷いた。

 決心は固まった。やることが山積みだが、万が一あの爺さんに騙された時を考えるなら、第二第三の手が必要になるだろう。ヨウニンさんは幾らでも願いを叶えると言っていたので、リヴァイアサンを討伐し終えたら、薬のことについて聞くとしよう。

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