第十一章 ジェイプ

第84話 海を越えジェイプへ

「にしても、海ってのはこんなに広かったんだな」


 俺は猛スピードで空を舞うグルーヴの背中の上に座りながら、晴れ渡る青い空と広大な美しい海を見ていた。


「旦那は海を御覧になるのは初めてでしたか?」


「砂浜から海を見たことはあるが、これほどの大きさだとは思わなかったんだ。しかも、地図上だとこんな広い海でさえ、かなり小さく表記されているからな。正直驚いたよ」


 海が広大だというのはあらかじめ知っていたが、まさかこれほどの規模だとは思わなかった。

 前後左右、どこを見渡しても青、青、青。

 時には巨大魚が水面から顔を出しているが、それ以外は似たような景色が地平線の果てまで続いている。


「ところで、旦那は極東の島国ジェイプについてどの程度ご存知ですか?」


 あぐらをかいてリラックスしている俺とは対照的に、サスケは堅苦しく正座をしていた。


「俺がジェイプについて知っていることといえば、刀がそこで誕生したってことと、世界一の刀使いと呼ばれる男がそこにいるってことくらいだな」


 ジェイプは海に囲われているせいで、俺のような本土生まれの人間は詳しい情報を持っていない。

 今言った情報だって、誰もが知っているであろうジェイプに関する数少ない情報だ。


「世界一の刀使いの逸話は有名ですからね」


「刀のみで海を割り、大地を砕き、空をも斬り裂いた——だったか? それが本当なら会ってみたいものだな」


 この逸話はかなり有名なものだ。

 大地を砕くだけならまだしも、海を割るのは規格外だ。さらに空を斬り裂いたとあれば人間離れもいいとこだ。

 もしかしたら俺にもできるかもしれないので、機会があったら挑戦してみるのもいいな。


「ええ。そうですね。確か、名前はマスター・トウケン・ランブマル……だったはず。大衆は略してマスターと呼んでいますね」


 その伝説の人物の名前は知らなかった。

 頭の片隅に入れておくとしよう。


「こんな話をしてたら早くジェイプに行きたくなっちまったな。サスケ、腹の具合は大丈夫か?」


「まあ、多少は痛みますが平気です」


 俺はサスケの分厚い腹を横目にそう聞くと、サスケは左手で自身の腹をさすりながら答えた。

 いきなりそんなことを聞いてどうしたんですか、とでと言いたげな表情だ。


「なら決まりだ。グルーヴ! スピードを上げてもらえるか?」


 俺はグルーヴの胴体を軽く手のひらで叩き、スピードを上げるよう促した。


「グルァァッ」


 グルーヴは小さな声で返事をすると、翼をはためかせるスピードを上げて、先ほどまでゆらゆらと不規則に揺れていた尻尾をピンと伸ばし始めた。

 どうやら本気を出してくれるらしい。小型なドラゴンということもあって、スピードの調整は比較的しやすいのかもしれない。


 投擲された槍のように、全身を一直線にしたグルーヴのスピードはグングンとスピードは増していく。

 一切の空気抵抗をなくしたことで、その上に座る俺とサスケには突風が吹き付ける。


「ぐっ! 旦那、某に傷の具合を聞いたのはそのためでしたか!」


 俺がサスケの傷の具合を確認した理由はそこにあった。サスケは俺たちがジェイプに向かう要因となった、悪魔フェルイドによって腹を深く貫かれていたので、傷を労う必要があったのだ。

 まあ、結局はその心配はなさそうだったので、俺はグルーヴにスピードを上げるようお願いしたわけだ。


「もちろん三人のことを目覚めさせることのできる薬とやらを探すことを第一に考えるが、俺は個人的にジェイプに興味が湧いたんだ。しっかり捕まれよ! グルーヴ、頼んだぞ!」


「グルァァァ!」


 俺は吹き付ける突風に負けないくらいの声量でグルーヴの名前を呼んだ。

 この分だとあと数時間ほどで到着しそうだ。

 さすがに振り落とされることはないと思うが、なかなかの高さとスピードなので、精神の消耗は激しそうだな。








「はぁはぁ……やっとつきましたね……」


 サスケは必死に肺に酸素を取り入れていた。

 頬に汗がつたっていることから、中々疲れていることがわかる。


「……そうだな。にしても、ジェイプの人々を怖がらせないためとはいえ、こんな山奥にドラゴンを着陸させて大丈夫だったのか?」


 無事に到着したは良いものの、グルーヴを着陸させた先は、最も栄えているジェイプの中心部から程遠い巨大な山の上だった。


「ここは某が生まれた山ですし、何よりモンスターが現れないことで有名です。ジェイプの人々が動じない理由は不明ですが、トラブルが起きなかったので良しとしましょう」


 サスケはグルーヴの頭を優しく撫でた。

 まあ、ジェイプの人々が俺たちに気がつかなかったのは、運が良かったと捉えておこう。


「だが、モンスターが現れないなら、人が来てしまうんじゃないか?」


 俺は山頂から流れてくる水をガブガブと飲むグルーヴを見ながら言った。

 仮に人が来てしまったら大ごとになってしまう。


「そこはご安心を。この高さ、常人が登れるものではありませんから」


 サスケは木々の隙間から様々な建造物が立ち並ぶ、街の中心部に指を差した。


「……そういえばそうだな。なら、帰りもここでいいか」


 俺は常人であれば確実に登って来れないであろう、この山の高さを再度確認した。

 高さは竜の巣と同じくらいだろうか。

 

「では、グルーヴはここに置いていきますか?」


「いや、グルーヴには一旦帰還してもらおう。ここにいても食料がないからな。だから、予め準備しておいた手紙をグルーヴの脚に括り付けておく。グルーヴ、ジェームズさんのところに帰還することはできるか?」


 俺は水をたらふく飲んで満足気なグルーヴに聞いた。

 紙には『五日後に迎えにくるように』と書いておいたので、察しの良いジェームズさんのところに帰還すれば、脚に括り付けた紙の存在にも気がつくし全て伝わるだろう。


「グルァ」


「よしよし、いい子だ。幸い、ジェイプの人々はお前に気がついていない。着陸して早々で悪いが、出発してもらうことはできるか……って、飲み込みが早いな」


 俺がグルーヴの脚に紙を括り付け終えると、グルーヴは次に俺が発する言葉を察したのか、翼をはためかせて数メートル宙に浮いた。

 山の中でもここは比較的開けているので、次に集合するときもわかりやすいだろう。


「またな。気をつけてな」


「……」


 グルーヴはバレてはいけないことを理解しているのか、俺の言葉に対して口をパクパクしながら首を縦に数回振ると、静かに本土へ向けて飛んでいった。

  

「賢いドラゴンですね」


「ああ。小型で少し不安だったが、かなり頭が良くて助かったよ」


 俺とサスケはどんどん離れていくグルーヴのことを見ながら呟いた。


「さあ、五日間しかないから、早速、俺たちも下山して聞き込みを開始しよう」


 俺は腰に刀を携えていることを確認してから、山の傾斜に右足を一歩踏み出した。

 サスケもそこそこのスピードを出せるはずなので、ここは遠慮せずに全力で走り切るとしよう。

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