第77話 最終奥義

 目の前で起きているのは一方的な蹂躙だった。


 今にも死にそうなほどの鈍い声と同時に、宙には真っ赤な鮮血が飛び散る。


「あまりにも気持ちがいい! 力が漲ってくるぞ!」


 そして、それを見て笑みをこぼす悪魔が一人。

 フェルイドは全身に纏う自身の魔力をうっとりとした表情で見つめていた。

 

 当初、フェルイドは覚束ない動作で攻撃をしていたが、時間が経つにつれて慣れてきたのか、ゴードンさんの特殊魔法をまるで自分のものかのように使いこなしていた。


 一つ一つの攻撃に重みとリーチがあり、それは着実にサスケの体力を奪っていった。


「……。」


 だが、サスケは動じなかった。

 肉を断たれようと、骨を折られようと、汚い言葉で挑発されようと、ここまで憮然とした態度をとることなく、平静を保ち続けていた。


 血が滴り、衣服は綻び、鍛え抜いた全身には痛々しい古傷や生傷が散見される。


「どうした。先程から攻撃をしてこないではないか。時間稼ぎをするだけならば早々に殺してしまうぞ!」


 サスケはこれまで一切攻撃をすることなく、回避ばかりに専念してきた。

 それは決して余裕や慢心ではなく、作戦の一つ。俺にはそれが分かってはいたが、やはり心が辛くなっていた。

 これ以上、無抵抗のまま痛みに苦しむ姿など見たくはないのだ。


「……。」


 しかし、サスケは静かに呼吸を整えるだけ。

 フェルイドから目を離さずにジッと佇んでいる。


「貴様が何を考えているのか知らないが、もう楽にしてやる。貴様は我の遊び相手にもならなかったことを恥じるがいいッ!」


「……喚いていろ。」


 サスケは言葉を吐き捨てるとともに、若干ではあるが体勢を低くした。

 それは普段から人の攻撃モーションを注意深く観察している俺だからこそ分かったことだ。


 その証拠に、フェルイドは全く気がついていない。


「フハハッ! 雑魚のくせに態度だけは一丁前なようだな! それに貴様からはお目当ての女と同様の気配を感じるぞ!」


 サスケの挑発的な言葉も今のフェルイドには刺さらないようだ。

 自分よりも遥かに弱いという事実からくる余裕だろう。


 お目当ての女というのが何を指すのかは不明だが、どうやらフェルイドはサスケが人間ではないということに気がついているようだった。


「はぁぁぁぁぁぁ——」


 ——サスケは大きく息を吐いた。

 それは部屋全体の空気を震わせ、崩壊しかけの古びた建物をグラグラと揺らす。


 この感じ……どうやら下の階で俺が受けた攻撃とは違うらしい。

 明らかに込められた力が桁違いだとわかる。


「何をしようと無駄だ!」


 フェルイドは尚も挑発的な笑みを浮かべているが、多少の警戒はしているようで、攻撃に備えるように姿勢を低くした。


刀装とうそう! 疾風迅雷!」


 サスケは刀を出現させると、全身に強風を孕んだ雷を纏わせた。

 そして、フェルイドと同じく姿勢を低くして、床を凹ませるほどの力で、半歩ほど後ろに逸らした左足をぐっと踏み込んだ。


「っ!」


 刹那。サスケはフェルイドの頭上に現れた。

 その鋭い瞳は情けない声を上げるフェルイドのことを捉えて離さない。

 俺はそれ以上のスピードを出すことができるから、その攻撃を追うことができたが、フェルイドに関しては全く見えていなかったのだろう。

 フェルイドはギルバードと同じく、力こそあるがスピードはそこそこだ


「終わりだ……!」


 サスケは空中で前方向に一回転しながら、両手に持つ刀を縦方向に振るった。

 その瞬間。金属同士が衝突するような破裂音と同時に、肉が断ち斬れる生々しい音が聞こえた。

 途端にその衝撃によって、部屋の中には轟々と強い風が吹き荒れる。開け放たれた天井からは爆風が飛び散り、辺りには砂塵が舞う。


「どうなったんだ……?」


 無数の砂塵が宙を舞い、決定的な瞬間を見ることができなかった俺は、目の前の視界が晴れるのをじっと待った。

 そしてその十数秒後。晴れた視界の先には、細長く鋭利な何かに腹を貫かれた人影があった。


「が……がが……っっ……ぅぅ」


 そこには残虐的な光景が広がっていた。

 サスケがフェルイドの伸縮自在な鋭利な爪で、腹を貫かれていたのだ。

 フェルイドの鋭利な爪の先からは真っ赤な鮮血が、ポタポタと滴り落ちている。


「やはり敵わなかったか……」


 俺はその光景を見ながらポツリと呟いた。

 もしかしたらその刀がフェルイドに届くのではないかも勝手に思っていたが、そう攻略は甘くなかった。


「……ふっ! フハハハ! 哀れだな。決死の一撃も悪魔には敵わず、致命的な反撃をくらうことになるとはな。ほら、次は貴様の番だ。早く武器を手に取り立ち上がるがいい!」


 フェルイドはサスケの腹を貫いた鋭利な爪を横長に振るった。それによって、完全に脱力しきったサスケは俺の目の前に投げ出されることになった。

 同時に、フェルイドは俺への挑発の言葉を口にした。

 まだまだ余裕がありそうな表情だ。


「……サスケ。無理をさせたな。後は俺がやろう」


 俺はフェルイドの言葉を無視して、サスケに労いの言葉をかけた。

 既に意識を失っているので聞こえてはいないと思うが、俺のために無謀な時間稼ぎをしてくれたんだ。言葉をかけてやりたくなった。


「全力でかかってこい。貴様には我が手で復讐しなければならないからな」


「その前に聞かせてくれ。悪魔というのはお前だけか? それと、お前の狙いはなんだ?」


 数秒後には目の前の悪魔からは口が聞けなくなっているので、今のうちに問いをぶつけておく。

 フェルイドはレナのことを指差した。


「悪魔は我しか残っていない。そして狙いはそこの黒髪の女だ。我は受けた攻撃や憑依した者の能力の全てをコピーすることができる。我の見立てによると、そこの女は中々の上物だ。今後、人間界で暇潰しをするにはいいスパイスとなるだろう」


 フェルイドは舌なめずりをした。

 外道め。まさかレナを狙っていたとはな。なんとしてでも阻止せねばいかん。

 一つ良いこととしては、こいつしか悪魔がいないということだろうか。

 ここで俺が確実にトドメをさせれば、【悲劇の夜】で苦しい思いをした人々も報われるということだ。


「……一騎討ちといこう。フェルイド、お前のことはこの極限まで研ぎ澄ました一撃で楽に屠ってやろう」


 俺は一メートルほど先にある刀を拾い上げ、眩い金色の月明かりに照らし、キラリと輝く切先をフェルイドに向けた。

 これは宣戦布告だ。圧倒的な力の差を見せつけるためには、一撃で勝負をつけてしまうのが手っ取り早い。


「よかろう。貴様の提案、この悪魔フェルイドが受けて立つ。さあ、かかってこい! どちらが強者でどちらが愚者か決めようではないか!」


 フェルイドは俺に対抗するように胸の前で腕を組むと、ドンっと強い口調で言い放った。

 油断は一切感じられない。本気中の本気だ。

 だが……俺の本気には到底及ばない。


「ああ」


 俺は倒れ伏すサスケのことをまたぎ、禍々しいフェルイドの姿をじっと見据えた。


「いくぞッ! 死ねェェェェェェッ!!!!!」


 フェルイドは両手の鋭利な爪を、俺の首を目掛けてクロスに振るおうとしてきた。

 全身を八つ裂きにした上で命を奪い取ろうとしているのだろう。


「……縮地!」


 コンマ数秒でそれらを全て見切っていた俺は、今俺が出せる限界の瞬間的な動作で縮地を発動させた。

 そのスピードは、全力を出したサスケの三倍ほど。

 到底、フェルイド程度には捉えることは難しいだろう。否、不可能だ。


「なにぃ!?」


「甘い。全てが、甘い」


 直前で跳躍することでフェルイドの素早い攻撃を回避した俺は、フェルイドの背後に着地し、左手を鞘に添え、右手で柄をグッと握りしめた。

 そして、流れるような動きで抜刀する。


「死ね……」


 俺は隙だらけの背後から刀を縦横それぞれ五回ずつ振るい、フェルイドの全身をバラバラに斬り刻んだ。

 フェルイドは断末魔を上げる間も無く、俺の刀によって命を奪われた。

 フェルイドだったモノはバラバラになって落下し、完全にその気配を失った。

 これで終わった。

 俺がやるべきことは全て達成した。


「中々に骨のある相手だった。敬意を表す」


 適当に刀を振るってフェルイドの鮮血を払い落とした俺は、スゥーーっと息を吐いて精神を統一させた。

 件の戦闘のせいで少し心が乱れていた。

 無事に勝利することはできたが、犠牲者も出してしまった。

 全ては俺のミス。自責の念が募る。

 俺は力不足な自分を悔やみ、長年世話になっている刀を見つめる。


「……少し斬れ味が悪くなってきたな。まあ、そんなことは後だ。今はここから脱出することを考えよう」


 刀が刃こぼれを起こしていたことに気がついたが、すぐに意識を失ったサスケと、眠りにつく三人に目をやった。

 一人で運べるか不安だが、幸いなことに力は有り余っているので、迅速にこの建物から抜け出すとしよう。

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