第68話 魂の行方

「し、師匠! 父上が!」 


 ルークは何もかもから解放されたように地面に横たえた領主様を支えながら、瞳を潤ませていた。


「安心しろ。気を失っているだけだ。余っているポーションを飲ませてやってくれ」


 死ぬことはないだろうが、あれほどの激戦を繰り広げた直後なので、念のため今できる最善の処置をしておくべきだ。


「ジェームズさんは……大丈夫そうだな」


 ジェームズさんは長い間意識を失っていたので心配していたが、白の上級魔法で手当てを受けたので平気だろう。


「ゴードンさんは——」


「——平気だ……」

 

 ゴードンさんは俺が言葉を言い終える前に、剣を杖代わりにしてゆっくりと立ち上がった。


「お疲れ様でした。見事な攻撃でした」


 ゴードンさんが持つ特殊魔法——纏魔剣てんまけん

 剣に纏わせた魔力を自在に操り、その剣で斬られた部位の治癒能力が阻害されるというもの。


 しかし、フェルイドには通用しなかった。

 おそらくだが、纏魔剣てんまけんによる治癒能力の阻害をフェルイドの再生能力が上回ったからだろう。

 それほどフェルイドは並々ならぬ強さだった。

 天災級と呼ばれる魔法に加えて、桁外れの再生能力、さらには近接戦闘に関してもかなりのものだった。


「タケル、お前には助けられた」


「いえ。全ては皆さんのおかげです」


 前衛がフェルイドの実力を測り、カナタさんが敵を追い詰めて、領主様がとどめを差した。

 対して、俺は迫りくる炎を斬っただけ。


「謙虚な男だな。それより……お前の名前は本当にタケルか……?」


「え、ええ。それが何か?」


 初対面の時にも似たようなことを言っていたような気がする。


「フッ……そうか。聞いていた話とは随分と違うな」


「聞いていた話……ですか?」


「こっちの話だ。ではな。またどこかで会おう」


 ゴードンさんは意味ありげな笑みを浮かべてからジェームズさんを軽く肩に担ぐと、王都の方面へ歩いて行ってしまった。


 一体何だったのだろうか。

 まあ、特に気にする必要はないだろう。おそらくゴードンさんもSランク冒険者だと思われるので、俺のような木端冒険者に関わってくることはないはずだ。


「さあ……俺も急ぐか」


 王都方面に向かっていったフェルイドの気配……いや、離脱した魂。

 あれは危険だ。目の前で死に絶えるフェルイドだった漆黒の竜が、本体ではなく仮の姿だった場合、今の戦闘の意味がなくなってしまう。


 もしそうなのだとしたら、早急に魂の行方を突き止めて、どうにか完全に消滅させなければならない。


「ルーク。領主様とカナタさんのことを頼んでいいか?」


 俺は領主様にポーションを飲ませていたルークに声を掛ける。


「は、はい! 師匠はどちらへ!?」


「野暮用だ。後は頼んだぞ」


 フェルイドの存在に怯えていたのか、辺りにモンスターの気配は全くないので、ルーク一人でも大丈夫だろう。

 

「……もう、行くの?」


「ええ。後はルークに任せたので、心配なさらず」


 マジックポーションを飲み終えたカナタさんが、くいくいと俺の腕を引いた。


「うん。またね」


「……はい。またどこかで」


 カナタさんは俺の腕から指を離すと、ヒラヒラと小さく手を振った。


「急がないとな——縮地!」


 俺は闇に紛れるように現時点で自分が出せる最高のスピードで王都へ向かった。


 現在の時刻は夜中の一時頃だろうか。

 日が出てきてしまうと、王都の冒険者や住民が活動を始めるので、魂の行方を追いづらくなる。

 

 タイムリミットはおよそ三時間。それまでにフェルイドの完全討伐を行わなければならない。

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