第62話 現れた例のモンスター

「——おかしい」


 竜の山を目指して歩き始めて三十分ほど。

 月灯りのみが照らす夜の荒野の上で、ジェームズさんが異変に気がついた。


「皆のもの、準備を整えろ」


 領主様もその異変に気がついたのか、他のメンバーことを庇うようにして前に出た。


「最初に言った通り、俺とギニトさん、そしてゴードンが前衛。君たち三人が後衛だ。支援を要する場合には声を掛けるから、常に気を張っていてほしい」


 ジェームズさんはテキパキと指示を飛ばした後に、先を歩くゴードンさんの横に向かう。

 前衛の三人は既に不穏な空気を感じ取ったのか、その行動に迷いは見られなかった


「し、師匠……どういうことですか?」


「……空気が一変した。おそらく、敵は俺たちの行動を読んでいる」


 俺は戸惑うルークに状況を教えた。


「そ、そんな馬鹿なことありますか!?」


 敵は俺たちに気がついている——いや、という表現の方が正しいだろうか。

 ここに至るまで数日間のスパンがあったはずなのに、敵は王都に攻めてくることがなかった。

 単に実力を測っていたとも考えられるが、それなら竜の巣の近辺を歩く商人や冒険者を殺しているはず。そのような情報もなかったので、かなり怪しくなってきた。


「……」


 カナタさんは先を急ぐ前衛の三人を見ながら表情を曇らせていた。


「念のため少し距離を開けて三人に追随しよう。そうすれば答えがわかる」


「は、はい! と、隣、失礼します」


 俺とルークは魔法を使えるカナタさんを挟み込むようにして歩を進める。


 竜の巣に近づくにつれ気配は大きくなっていき、反対側を歩くルークの額には細かな汗が滲んでいることがわかる。

 隣を歩くカナタさんも冷静そうには見えるが、内心は焦っているのだろう。おっとりとした紫色の瞳が揺らいでいる。


 対して、俺の心はそれなりに落ち着いていた。

 正直なことを言ってしまうと、俺はと思っていた。

 まあ、単純な物理戦に限るのだが。

 属性魔法を交えられるとかなり面倒くさくなる。


「……いざとなれば——」


 ——俺が一撃で仕留めてみせる。

 俺は鞘を強く握りしめた。

 目の前で仲間の命が散っていくのは見たくない。

 何かあればすぐに戦闘に加わるとしよう。




「……ゴードン。魔法を頼む」


「承知した」


 ゴードンさんは最前線を歩くジェームズさんの指示に従い、無詠唱で周囲を明るく照らした。

 光の初級魔法だろうか。難易度こそ低いが練度は相当高いことがわかる。

 


「ふむ、邪悪な気配をビンビン感じるな」


「ですね。先に仕掛けますか?」


「いや、それは悪手だな。この様子だとやつは儂らの存在に気がついているからな」


 領主様とジェームズさんが冷静に作戦を練る。

 俺の予想に過ぎないが、敵はもうすぐ仕掛けてくるはずだ。

 その証拠に光の初級魔法の届かない深い闇の先から、実力を推し量るような視線を感じる。


「ルーク。大丈夫か?」


 そんな中、ルークが腰に差した剣を握りながら、全身を小刻みに震わせていることに俺は気がついた。

 怯えているのか?


「……わかりません……」


 ルークにしては曖昧な言葉だ。

 恐怖とはまた違う鋭い怨嗟のような苦しそうな声で返事をした。


 そんな俺たちの会話を最後にその場に静寂が訪れた。


 頬を撫でる冷たい風が右から左へと流れていき、竜の巣から生える力強い樹々がガサガサと揺れる。

 同時に俺以外の誰かが息を飲んだ。

 それはまるで開戦の合図のようだった。


「……くるよ」


 敵の襲来は突然だった。

 カナタさんの言葉とともに前方から現れたのは、ドス黒い体色をした人型のモンスターだった。

 最前線にて大剣を構えるジェームズさんを目掛けて、静かに首元を狙うようにして鋭利な爪を立てている。


「——ッ!」


 しかし、ジェームズさんは軽々と一撃を受け止めると同時に、腹に重たい蹴りを入れてモンスターを吹き飛ばす。


 しかし、モンスターはそんな攻撃など全くないものとして体勢を立て直し、こちらを睨み付ける。


「——矮小な人間どもめ。悪魔フェルイドが直々に相手をしてやろう」


 フェルイドと名乗る悪魔は余裕そうな口振りでそう言った。

 ドス黒い体色に、背に生えた大きな漆黒の二対翼、指先から伸びる鋭利な爪。

 加えて、三メートルは優に超えているであろう筋骨隆々とした禍々しい体躯。

 人型の悪魔であるが、その見た目は人と呼べるものでは決してなかった。


 さらに、魔法を使わないという情報だったのにもかかわらず、魔力の量は常人よりも遥かに多く、死んだサラリーと並ぶかそれ以上だということがわかる。

 

「……さあ、どうなるかな」


 俺は目の前で高笑いを続けるフェルイドを見据えて、グッと気を引き締めた。

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