第57話 どうしてここに? 謎の遭遇

「——もう朝か」



 バラン亭を後にして適当な宿をとった次の日。

 俺は朝早くに目が覚めていた。

 緊張や不安からか、深い睡眠には至らずに頭の中は若干ボヤけている。


「取り敢えず、今日は体を休めて明日に備えるか」


 明日の夜はリラックスした状態で決戦に臨みたいので、今日はここ一週間ほどの疲れを完全に取るべきだろう。

 俺は窓を開けて、太陽の光を浴びながら伸びをする。

 

「天気も良いし、外にでも——ん……? やけに見覚えのある四人組だな……」


 そこであることに気がついた。

 宿の前をどこか懐かしい四人組が歩いていたのだ。

 先頭には上品な見た目をした銀髪の青年。

 そのすぐ後ろには赤髪の少女と金髪の少女が並び、足元を一匹の黒猫が歩いている。


「ふわぁぁぁ……眠たいですね……」


「ちょっとしか寝てないからねー」


 アンとシフォンは大きなあくびをしながら、のそのそと歩いていた。

 そんな姿を俺は窓から目を細めてジッと見つめる。

 すると、先頭を歩くルークが元気良く振り返る。


「皆さん、まだ早朝なのであまり大きな声で——えぇ!? し、ししし、師匠っ!?」


 その途中で二階の窓からじっくりと眺めていた俺と目が合い、ルークは飛び跳ねるようにして驚いていた。


「……なんでここにいるんだ?」


 本当になんでここにいるんだよ……。






「——それで、気がついたら王都にいたんです」


 俺は全員を宿に招き入れて、ここに至った経緯を一番話が通じそうなルークから聞いた。


「……そうだったのか」


 どうやら三人はルークに転移魔法のことを隠して、フローノアから王都まで来たようだ。

 詳しくは後でレナから聞くが、リスキーなことは避けてほしいな。


「それで、師匠はどうしてこちらに?」


「少し用事があってな。フローノアに帰還するのは少し先になりそうだ」


 うまくいけば明日の夜に討伐が終わり、明朝には帰還できるが、まだ決定事項ではないので、言葉を濁しておく。


「用事ですか?」


 ルークは俺の向かいのソファに浅く腰を掛けて聞いてくる。


「詳しくは言えないが、あまり心配はしなくていい。それより、ルークたちが王都に来たというのはわかったが、理由はなんだ?」


 ルークの表情を見る限り、何かやることがありそうだったので、俺からも探りをいれる。


「私は父上を探しに来ました。王都方面に向けて馬車を走らせていたので追いかけて来てみたのですが、あまりに広すぎて探すのは難しそうです」


 まさか領主様を探して王都まで来るとはな。

 ルークは領主様がなんのために来たのかは知らなさそうなので、適当にごまかしておいた方が良さそうだが……どうするべきだろうか。


「そうか。アンとシフォンは……寝てるか。ルーク。大事な話があるからよく聞いてくれ。実はな——」


 軽くだが思考した結果、俺はルークに情報の提供をすることにした。

 と言っても、詳しい日時については伏せて簡単な情報だけだが。

 領主様が討伐に臨むことと、そのメンバーに俺が入っていること。

 俺はアンとシフォン、そして黒猫姿のレナが背後のベッドで眠っていることを確認して、ルークに小さい声で説明していく。


「——それは本当ですか!? 馬車の荷台に武器を積んでいたので、怪しいとは思っていたのですが……」


「領主様からはなにも聞いていないのか?」


「はい。家を空けるとだけ言って出て行ってしまいました。これまでに見たことのないような決死の表情でしたので、ただごとではないと踏んでいましたが……まさかの展開です」


 決死の表情? そんな風には見受けられなかったが。

 昨日の様子を見る限り、領主様は勢いよく酒を煽って、余裕そうな態度だったような気がする。


「そうか……取り敢えず、すぐに帰還した方がいい。今の王都はお世辞にも安全とは言えないからな」


 Sランク冒険者が多くいるからと言って、安全とは限らない。

 ジェームズさんが言っていたように、精神的に参っている冒険者も多いはずだ。

 今、モンスターが襲ってきたら被害は免れられないだろう。


「ですが、私は父上を放っておくことなんてできません」


「どうしてだ?」


 おかしな質問だが、俺はルークが心配するようなことはないと思っていた。

 引退したとはいえ、領主様は元Sランク冒険者で、体格と風格からしておそらく前衛だろう。

 そう簡単に死ぬような人ではないということはすぐに分かる。


「……」


 ルークはグッと拳を握りしめた。

 なにか思うところがあるのかもしれない。


「言いたくないならいい。ルークがここに残りたければ、残ってくれて構わない。ただし、命の安全を保障することはできないぞ?」


「わかっています。だから、どうか、どうか。私も同行させてもらえませんか……?」


 ルークは途切れ途切れに言葉を紡ぐと、おもむろにソファから立ち上がり、勢いよく頭を下げた。

 実の父親である領主様のことを想う気持ちの現れだろうか。

 

「……わかった。まずは領主様のことを探そう。話はそれからだ」


 俺はそんなルークの誠意にあっさりと折れた。

 俺から何かしてやれることといえばこれくらいしかない。


「ありがとうございますっ!」


 俺の言葉を聞いたルークはパァっと花が咲いたような笑みを浮かべると、再び深く頭を下げた。


「他に何か質問はあるか? 特にないのならすぐに出発しよう」


 アンとシフォンは落ち着いた寝息を立てて眠っているが、レナはおそらく寝たふりをしながらこの話を聞いているので、二人のことはレナに任せるとしよう。


「ええと、師匠が招聘されたことに驚きはないのですが、どういった経緯でしょうか?」


「偶然だな。領主様と出会って、その仲間の人と話して、パーティーに入ることが決まったんだ。質問はそれだけか?」


「は、はい」


 俺はルークが返事をすると同時にソファから立ち上がり、壁に立てかけていた刀を腰に差した。


「そうか。なら出発するか。レナ、二人を頼んだ。万が一のことがあればすぐに転移魔法で逃げてくれ。いいな?」


「ニャァォ……」


「猫と会話ができるのですか?」


 ベッドの端で目を瞑り寝たふりをしているレナに小さい声で簡潔に告げた。王都の人口から考えて、正体がバレる危険性は少ないとは思うが、念のため警戒を促しておく。


「まあな、すごい能力だろう? ほら、行くぞ?」


「は、はい!」


 俺は部屋のドアに手を掛けて、ルークとともに宿を後にして、領主様を探しに行くのだった。

 

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