第38話 帰還!
「——いない……?」
早急に路地裏へ向かったのだが、そこにははらはらと解けた麻縄しかなく、ギルバードとサランの姿はなかった。
「……何者かに切られたのか……?」
硬く結んだはずの麻縄は何か鋭利なもので切られており、ギルバードの細剣が地面に転がっていることから、第三者が急いで二人を逃した可能性が浮上した。
「……油断したな」
この人払いは一般人が入ることのできないものだと言っていたので、おそらくシャルムの人々ではないだろう。
そもそもシャルムの人々は魔法に関しては一流だが、特段戦闘に長けているわけではない。
「とっとと帰ったほうがよさそうだな」
俺は麻縄とギルバードの細剣だけを回収して、宿へ戻ることにした。
『ドラグニル』の騎士たちは既に王都へ向かったはずなので、それ以外の”誰か”だろうか?
レナにだけは後で報告しておいたほうが良さそうだな。
◇
「——いつの間にか猫ちゃんが元気になってる!」
「一晩で回復するなんて凄い回復力ですね!」
部屋へ戻るとアンとシフォンが黒猫の姿に変身したレナのことを撫で回していた。
「やっと起きたのか……」
「やっと? 休日なら普通だよね?」
「はい。むしろ、もっと寝てもいいくらいです! タケルさんはどこに行ってたんですか? それに、それはなんですか?」
時刻は昼前。
夜中にあんなことがあったのに、二人は全く感づいた様子はなく、あっけらかんとした表情だった。
「二人がなかなか起きないから、散歩に行ってたんだ。それと、この剣は骨董品売り場で買ってきたんだ。安かったからな」
俺は咄嗟に出てきた言葉で適当に誤魔化す。
騎士団長クラスの武器ということで、結構なものだったが、武器の切れ味や品質に関しては、普通に見るだけでは分かりづらいので大丈夫だろう。
「そうなんですねー……あ、今日はこれからどうしますか? 正直、僕はこの街はあまり……」
シフォンは申し訳なさそうに言ったが、当たり前だろう。
おかしな人が多いことに変わりはないのだから。
「その事なんだが、これからすぐにシャルムを出発して、フローノアに帰ることにした」
「え? でも、馬車であんなに時間が掛かったのに、歩いて帰るなら一日中歩かないと厳しくない? 野営の道具だってないし」
「それなんだが、実はある魔法を使うことで一瞬で帰ることができるんだ」
俺は至極当然のことを言うアンに笑いかけてから、テーブルで寝そべるレナに目配せをする。
「魔法……ですか?」
「ああ。二人はもう帰る準備はできているのか?」
見たところ寝起きとはいえ、最低限の身嗜みは整っているようなので、おそらく大丈夫だろう。
「うん! でも、この猫ちゃんはどうするの? タケルさんさえ良ければ……」
アンとシフォンが我が子を見るような目でレナを見ていた。
「——いいぞ。もとよりそのつもりだ。ペットがいると癒しになるからな。君はそれでいいか?」
レナを連れて行くにしても二人の同意が必要だったので、あちらから提案してきてくれたのは素直にありがたい。
「……ニャァオ!」
レナは可愛さを存分にアピールするようにして、文字通り猫撫で声を出した。
「かわいいー!」
「……可愛すぎます……!」
アンは素直に可愛がり、シフォンは天に召されかけていた。
「——早速で悪いが出発しよう。宿はキャンセルしてきたから安心してくれ」
四泊五日で宿を取っていたのだが、先ほどキャンセルしてきた。
「どうやって帰るかわからないけど、お願い!」
「タケルさんは魔法を使えないはずですが……屋敷で教えてくださいね?」
「そのうちな。じゃあ、この猫の体に触れて目を瞑ってくれ」
二人は素直に俺の言葉に従った。
「……レナ。頼む」
俺はレナの耳元でボソリと呟いて、転移魔法とやらの発動の合図を送る。
「わかったわ!」
レナは俺が隠したことを全て帳消しにするように中性的な声を出した
「えっ!? 誰の声?」
「タケルさん? ではないですよね?」
「……ああ。二人はジッとしていてくれ」
それを聞いた二人は目を見開いてキョロキョロと辺りを見回していた。
「わ、わかった!」
「……タケルさん? まだです——」
「——テレポート——」
俺がシフォンの問いに答えようとした時だった。
レナが小さな声で魔法を唱えると、視界の全てが白に覆われて、体がふわふわと宙に浮いてしまったかのような感覚に包まれた。
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