第37話 セレナ・イリスの正体

 俺は宿へ到着したので部屋の窓から入ろうとしたのだが、開きっぱなしで飛び出してきたはずの窓が閉まっていることに気がついた


 アンとシフォンのどちらかが、閉めたのだろうか?

 むしろ、あんな大爆発が起きたので、目が覚めてなければ神経を疑う。


 俺は普通に一階のドアをくぐってから、二階の部屋へと続く階段を駆け上がっていく。


 レナの安否も心配だが、それ以上に俺の身勝手な行動で宿に置いていってしまった二人のことが心配だった。


「——二人とも……お前は……ギルバードか?」


「タケル! 無事で良かった……」


 勢いよくドアを開けた俺の視界に入り込んできたのは、眩い金色の鎧を装備した『ドラグニル』の騎士団長——ギルバードだった。

 アンとシフォンは身を寄せ合いながらぐっすりと眠っており、まだまだ目が覚める気配はない。


「ギルバード……だよな。いや、だが……」


 俺の名前を呼んだ初老の男性はギルバードのはずだが、ギルバードではなかった。

 変なことを言っているようだが、そうとしか言えない。

 

「あっ、忘れてた! これだっけ? 違う? じゃあ、これ? そうだそうだ! 黒髪のエルフだったよね?」


 目の前に立つギルバードらしき男はドロドロと溶けていき、俺の目を見ながら何度も何度も姿を変えていた。


「……」


「んーと、じゃあ、これか! ごめんね! 多すぎて迷っちゃった!」


「——レナ?」


 最終的に目の前にいたのは黒髪ロングのエルフ——レナだった。


「うん……って、何よその顔」


 レナは小さく首肯すると、ジト目で不満げな口調で言った。


「いや、街の外に逃げたのかと思っていたんだ。どうしてここにいる? 『ドラグニル』からは逃げ切ったのか?」


 レナがギルバードの姿に変身していた時点で見当がついていたが、念のため確認の意味を込めて深く聞いてみる。


「もうわかっていると思うけど、あの後、騎士のおじさんの姿になって、他の騎士たちにシャルムから王都に帰るように促したのよ! で、適当なことを言ってここに戻ってきたわけ!」


 レナは小さく笑いながら得意げに言った。


「なぜ、ギルバードの姿でいた? 怪しまれるだろう?」


 普通の人間の姿でいた方がこの街を歩きやすいはずだ。


「万が一、騎士の人たちにバレて跡をつけられてたらやばいじゃない? 街を歩くときの視線は冷たかったけど、命を守るならこっちの方が安全だしね!」


「……そうか……なら、これからどうする気だ?」


 一時的に『ドラグニル』を退けることには成功したが、この先がどうなるかは全く分からない。

 王宮からの命令で再び襲撃してくる可能性もあるし、上手くいけば、このまま干渉をストップすることだって考えられる。


「——分からない。私みたいなモンスターが生きていける世界なんてないから……」


「……そうか。よかったら、俺にレナのことを教えてくれないか? 何か力になれるかもしれない」


 その場で立ち尽くして、悔しそうに拳に力を込めるレナの姿を見ていると、俺は手を差し伸べたくなった。


「……私の正体は——」


 レナは辛い過去を思い出すような表情でポツリポツリと語り始めた。


 自身がモンスターであること。

 そして、種族はディスガイズスライム——通称、変身スライムの変異種だということ。


 戦闘における力は一切なく、生まれつき補助系の魔法が得意だったということ。


 そして、他の人間に本当の姿がバレないように様々な姿を使い分けながら、正体を隠し続けていたということ。


「——タケルはもう気付いてると思うけど、私がセレナ・イリスよ」


 俺は路地裏に呼ばれてから、話を重ねていくうちに勘付いていた。


「……そうか、ありがとう」


「なんでお礼なんて言うのよ。私はタケルどころか、世界中の人たちを騙してたのよ?」


「俺に話してくれてありがとうってことだ。それに、正体がバレていようがなかろうが、みんな感謝してると思うぞ? シャルムに住んでいる人だって君のことを恨んだりはしていないさ」


 シャルムの人々を見ていればわかる。

 決してセレナ・イリスを恨んではおらず、むしろ好意的に思っている。

 

「……そう」


 レナはぱっちりとした大きな瞳に小さな涙を浮かべていた。


「ああ」


「……あと、君って呼ばないで」


「何で呼べばいいんだ?」


 セレナ・イリス? それとも偽名のレナ?


「レナでいいわよ。セレナ・イリスも適当に付けた何の思い入れもない名前だから」


「それも偽名だったのか……」


「当たり前じゃない。モンスターに名前なんてないわよ」


 至極当然というような口調だが、それはそれで寂しいな。


「……そうか。これは俺の提案なんだが、こっそりフローノアに来ないか? それなら俺の屋敷の余っている部屋で魔道具の製作と研究もできるぞ?」


 レナほどの実力があれば、魔力暴走を起こすことはなさそうなので大丈夫だろう。


「……」


「もちろん断ってくれても構わない。レナの意思を尊重しよう」


 レナは少し悩んでいる様子だった。

 シャルムへの思い入れだろうか、はたまた俺に迷惑がかかることへの申し訳なさだろうか。

 仮に後者だった場合は心配する必要は全くない。

 ルージュドラゴンを単独で簡単に屠れる人間に勝てるのは、この世に一握りもいないのだから。


「……お願いしていい?」


「もちろんだ。そうと決まれば、二人が起きたらすぐにシャルムを出発しよう。フローノアまでは遠いからな」


 馬車でも半日程度かかる道のりを歩いて行くので、早めに出発するに越したことはない。


「あ、それなら安心して! 私は転移魔法を使えるから!」


「転移魔法? そんな魔法は文献でも見たことがないぞ。属性は何になるんだ?」

 

 文字通り空間を行き来する魔法だとしたら、歴史に名を刻むことができる革命的なものだ。

 しかも、そんなものがあることを世界に知られたら、現況よりもまずくなることは確実だろう。


「んー。私は特殊魔法って呼んでるわよ! でも、人間は知らないんじゃない? 鑑定魔法だって生まれつき持ってたーとかいう解釈でしょ?」


「まあ、そうだな。だからこそ魔道具は重宝されるんだ」


 鑑定魔法に加えて農業系の作物の成長促進魔法などを聞いたことがあるが、それは全て天性のものだという解釈だった。

 それ故に、それを使える魔法使いが魔道具まで製作することが出来るというのは凄いことなのだ。


「生まれつきじゃなくても身につける方法はあるわよ? まあ、私みたいに生まれた時から全部の特殊魔法を持ってる場合もあるけどね!」


 攻撃系の魔法が使えない代わりに全ての特殊魔法を持ってるなんて……普通の攻撃系の魔法も怪しい俺の様な木端魔法使いの立つ瀬がないな。


 しかもそれをさも当たり前かのように言っているのが、凄さを表しているな。


「そうなのか……」


 魔力が全くない俺でも使えるかも知れないので、後日教えてもらいたいな。


「あっ! そういえば、路地裏の二人はどうしたの? 私もあそこまでは手を回せていないわよ?」


 すっかり忘れていた。

 縛り上げたから行動はできないと思うが、すぐに見に行った方がよさそうだな。


「すまないが、すぐに確認しに行く。レナは二人が起きたときのために黒猫の姿で待っててくれ」


「なんで?」


「この二人は純粋なんだ。今はまだ教えるべきタイミングではない」


 教えるのは屋敷に到着してからだろう。

 今教えたらシフォンは驚きと興奮でまともでいられなくなりそうだ。


「わかったわ! 気をつけてね!」


「ああ」


 俺はドロドロに原型を失いながら言葉を発したレナの姿を見て戦慄しながらも、窓から飛び降りて路地裏へ向かった。

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