第22話 油断は厳禁

 時間が経つにつれて月の主張が弱くなり、山の向こうからは太陽が顔を出した。

 俺はそんな時間帯に二人を起こし、ダンジョンに行くための準備を整え始めた。


「あーぁ、よく寝たぁって……あれ? いつの間にテントにいたんだろ?」


 アンが大きな欠伸をしながらのそのそとテントから這い出てきた。

 どうやら、アンは話の途中で眠ってしまったことを覚えていないようだ。


「アンは寝相が悪すぎます! 何回も僕のお腹を蹴り飛ばしましたよね!?」


 シフォンはテントから出てくるなり、朝日を浴びながらのびのびとしているアンに向かって、ぷんすか怒っていた。


「んー? わかんない!」


「せっかくお肉の海に溺れる夢を見ていたのに、途中で目が覚めてしまいました」


 アンは全く記憶にない様子だが、シフォンは残念そうに言った。

 

「二人とも、食事を済ませたらすぐに出発するぞ」


 お肉の海とかなんとかは意味不明だが、一先ず話を逸らして落ち着かせる。


 その後は昨日の残りのパンやスープ、オーク肉をそれぞれに分配し朝食の時間になったのだが、二人の様子がどこかおかしかった。


「……二人とも緊張しているのか?」


 二人はフォークを持つ手が止まっており、あまり食事が進んでいなかった。


「う、うん」


 アンの一言にシフォンもこくこくと頷いていた。


「緊張するのは悪いことじゃない。それに、危ない時は俺が助けに入るから安心しろ」


 俺は優しく語りかけるように言ったが、反応は芳しくない。


「……はい」


 シフォンはどこか浮かない顔だった。


「どうかしたか?」


「僕達だけで頑張ります!」


「うん! 私達だけで頑張るね!」


 二人は何かを確認するように目を合わせて首を縦に振っていた。

 よくわからないが、やる気は十分なようだ。


「なら、とっとと食べて出発するぞ」


 二人は調子を取り戻したのかバクバクと食べ進めていき、あっという間に皿の上を空にしたのだった。







 夜営をしていた地点から百メートルほど歩いていくと、ただの薄汚い洞穴と比較してあらゆる点で異彩を放っている不思議な穴が見えてきた。

 これこそがダンジョンだ。

 入り口は苔の生えた石造りの長方形で出来ており、一歩目から下りの階段が設けられている。

 そして、そこを降りきると同時に大空間が眼前に広がり、ダンジョンの探索が始まるのだ。


「二人の荷物は俺が持とう。今回はどのルートで探索するのかも二人に任せる」


 俺は階段に足を踏み入れる前に二人から小さな肩下げの鞄を預かり、緊張した面持ちの二人に探索を一任した。


「シフォン。行こう」


「はい!」


 アンは自身の剣帯を度々触り、シフォンは杖を両手で強く握っていた。

 二人は平静を装ってはいるものの、いつもよりも呼吸の波が早いことから緊張していることが窺える。


 ゆっくりと薄暗い階段を下り始めてから十分ほど経過した頃。

 階段の終わりを指し示すように、目の前から淡い光が差し込んできた。


「タケルさん……。これが、ダンジョン?」


 アンは固い口調ではあったが、その言葉には確かな驚きを秘めていた。

 シフォンもしきりに辺りを見渡しており、どこか落ち着かない様子だった。


「そうだ。これは小規模ってところか」


 階段がおよそ三メートルほどの幅だったのに対し、このダンジョンは小さめなので、直径十メートルほどの円形の広間に二手に分かれた道があるだけだった。

 その先に続く道がある可能性もあるが、見たところそこまでの大きさはなさそうだ。


「……小規模ですか」


 さらに、十メートルほどの高さの天井からは外よりもやや暗い光が差し込み、壁や床は丁寧な石造りになっている。


「ああ。かなり小さいな」


 見たところ特になんの違和感もないダンジョンなので、油断さえしなければ、アンの剣とシフォンの雷槍でなんとかなるだろう。


「じゃあ、最初は右から行く?」


「はい。そうしましょう」


 大小の異なる二つの分かれ道があったが、まずは小さめの右の道から行くようだ。


「この鎧はなんだろうね」


 道幅が三メートルほどの蛇行した道を進んで行くと、左右の壁に一体ずつ埋め込まれている黒褐色のプレートアーマーを発見した。


「飾りだと思いますよ? でもこういうのがあると雰囲気が出ますよね!」

 

 アンとシフォンは鎧を叩いてコンコンと音を鳴らして遊んでいたが、俺はこの時点でこれから先で何が起きるのかを察していた。


「あっ! なんかボタンみたいなのがあるよ!」


 この道はあっさり行き止まりになってしまったが、最奥には綻びた石の台座があり、その上には指で簡単に押し込めそうなボタンが一つだけあった。


「ア、アン? そういうのは無闇矢鱈に——」


「——えいっ!」


 シフォンの静止も虚しく、アンはあっさりとボタンを押した。


「……はぁ」

 

 俺はついついため息が漏れてしまった。

 こういうのは何かあってからでは遅いので、手を出さないのが吉だ。というより常識だ。


「あれ? 何も起きないよ?」


 アンはちょっとがっかりした様子で言ったが、高難度のダンジョンだとこれだけで命を落とす危険性があるので、アンには後で注意が必要だろう。


「よ、良かったです。気を取り直して次の道に行きましょう!」


 ホットしたような表情のシフォンが言った。


「……油断はするなよ」


 俺は二人の身の危険を案じて簡単な注意を促した。

 まだまだ油断するのは早いのだ。


 その証拠に、耳を澄ますと鉄を擦り合わせるような甲高い音が聞こえてくるのが分かる。


「……えっ!? 何か来ます!」


 いち早く気付いたシフォンは、先へ進もうとするアンの腕を掴んだ。


「……あれって……さっき見た鎧!?」


 二人は蛇行する道の先から現れた見覚えのある鎧を見て疑問の声を上げた。


 出口へ向かう俺たちの目の前からゆっくりと歩いてきたのは、ダンジョンにしか現れないモンスター。鎧の番人だった。

 二体現れた鎧の番人は光沢感のある黒褐色のプレートアーマーと長剣を装備しており、ある特性を持つことから不死身のモンスターと言われている。

 実力だけをランクに換算するならEランク程度だろうが、その特性を踏まえればDランク以上でもおかしくはない。


「シフォンは左をお願い!」


 アンは鎧の番人の佇まいからある程度の力量が大体わかったのか、早々に抜剣すると、シフォンの返事を聞く前に左側の鎧の番人との間合いを詰めていた。


「……っ! やった!」


 アンは純粋な剣技で鎧の番人の脆弱な手足の関節部分を吹き飛ばし、喜びの声を上げた。


雷槍サンダースピア!」


 シフォンもアンに続くようにして、残された右側の鎧の番人に瞬時に杖を構えると、中威力の雷槍を撃ち込んだ。


 二体の鎧の番人は二人の攻撃をそれぞれまともに喰らったせいで、手足や首、胴体などの部位ごとにバラバラになり、無残に地面に散らばっていた。


「やりましたね!」


「うん。でも、手応えはあまり感じなかったね」


 アンとシフォンは軽い足取りでバラバラになった鎧の番人の横を通り過ぎていったが、まだ勝負はついていない。


「……ギギッ……」


 鎧の番人は鉄が軋む音を鳴らしながら、呑気に歩く二人の後ろで、ゆっくりと、それでいて静かに元の形を取り戻していった。

 これこそが鎧の番人の特性【再生】だ。

 鎧の番人は胴体にある核と呼ばれる部分を破壊するまでは何度倒しても再生することから、騎士のような見た目だがアンデッドの一種だと言われている。


「縮地!」


 二人は背後から長剣を振りかざす鎧の番人に気付くことはなかったので、俺は二体の鎧の番人の核を斬るようにして、鎧の番人を縦に真っ二つにした。


「「……え?」」


 二人は鎧の番人だったものが背後で生を失いバラバラと崩れ落ちる音を聞いて後ろを振り返ると同時に、本当に驚いたという声を出した。


「最後まで油断はするな。こいつを倒すときは胴体に隠された核を破壊するしかないんだ。この先も現れる可能性はあるから頭に入れておいてくれ。後、ボタンは無闇に押すな」


 実力を過信し油断することは死を招く。

 二人には死んでほしくないので、少し語気が鋭くなってしまった。


「また、助けられちゃいました……」


「……助けられてばっかり」


 シフォンは少し落ち込んだ様子で俯き、アンは納得のいかない様子だった。


「それよりもこれを見てくれ」


 俺は絶命した鎧の番人に指を差した。


「えぇ!? 灰になった……!」


「な、なんですか、これ!?」


 二人は一様に驚きの反応を見せていた。


「ダンジョンのモンスターを倒すと絶命してから数秒後には灰になるんだ。まあ、覚える必要はないが豆知識だ。さあ、先に進むぞ」


 俺たちは気を取り直して、左の道に足を踏み入れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る