第16話 サラリーとタケル
「そういえば、今日の夕飯の買い出しってまだでしたね」
「あー! 何も買ってなかったね。どうする?」
「なら、俺が討伐完了の報告をしてくるから、二人には買い出しを頼んでいいか?」
ビッグアリゲーターの討伐を終えた帰り道。
今日はクエストを始めるのが遅かったせいで時間が押してしまっていたので、買い出しとギルドへの報告で二手に分かれることになった。
「わかりました!」
「じゃあ、屋敷に集合でいい?」
やはり女の子だけで話したいこともあるのだろう。
二人ともとても楽しそうだった。
「ああ。気を付けろよ」
二人は俺の返事なんて待たずに人混みに紛れて行ってしまった。
一人だと少し寂しいが、ギルドに行くか。
○
「サクラ。これを頼む」
俺は討伐完了部位のビッグアリゲーターの牙をサクラに渡した。
「はいはい。今日は珍しく一人なの?」
「まあな。二人は仲良く買い出しに行ったよ」
俺はギルドの受付でサクラとしばしの談笑を交わす。
「あの二人は一緒に暮らしているの?」
サクラは紙に討伐記録を書きながら言った。
「そうだな。家事全般を任せてしまっている。俺も覚えるべきだろうか」
「はぇ? どういうこと? タケルくんも一緒なの?」
サクラは手を止めると顔を上げたが、その顔は疑問符だらけだった。
「ああ。最近、色々あって屋敷を手に入れたんだ。その屋敷にパーティーで住んで……ん? どうかしたか?」
「……はぁ。まさかそんなに関係が進んでいたなんてね。まあ、色々と気をつけなさいよ? 色々と」
色々とね……。そういうことを真顔で言うな。
こっちが恥ずかしくなるだろ。
「そういう関係じゃないから平気だ」
「まあ。そうでしょうね」
サクラは悪戯な笑みを浮かべた。
さては、俺のことをからかっていたな。
そんなことよりも俺には聞きたいことがあった。
「いい。それより——」
「——ケイル。やっと見つけたー」
俺が今からサクラに聞こうとしていた人物は、ちょうどよく背後から現れた。
「……ケイル?」
サクラは事情を知らないので、目配せをして空気を読んでもらう。
「……サラリー様。そのお怪我は?」
俺のようなEランク冒険者がサラリーに話しかけられたからか周囲が騒がしい。
俺がケイルなことに違和感を持つものが一人もいないのが物寂しいが。
「うん。実は、ミノタウロスにやられちゃってさー」
サラリーは腹や肩、頭など至る所に痛々しい包帯を巻いていた。
「無事で何よりです」
昨日の時よりも相当回復しているところを見ると、おそらくポーションで回復の促進でもしているのだろう。
ポーションを飲むと、全快はしないが傷の治りは何倍にもなるのだ。
「うん。これから……前のところに来れる? 私は先に行ってるから」
それだけ言うと、サラリーは走り去って行った。
行かざるを得ない感じだが、ケジメをつけるいい機会なのかもしれない。
「タケルくん。サラリーさんは気付いてないの?」
ここまで空気を読んで黙っていたサクラが口を開いた。
「おそらくな。だが……いや、わからない。報奨金は預かっていてほしい。また明日取りに来るよ」
「わかった。気を付けてね?」
「ああ。またな」
俺は心配そうなサクラに別れを告げ、思い出の場所へ重い足取りで向かった。
◇
今の俺の心を表しているように空は曇り、普段よりも夜が深いように感じていた。
暗い森の中を慎重に歩き、中心部の泉へ向かう。
まさかもう一度あの場所で語らう日が来るとは思ってもいなかった。
「……お待たせしました」
「あっ、わざわざごめんねー。確認したいことがあってさー」
俺の昔からの定位置には、サラリーが座っていたので、俺は一メートルほど距離を開けて隣に座った。、
「いえ。それでなんでしょうか?」
「うん。実はね。気になったことがあるんだー。実は私、ミノタウロスなんて倒してないんだよね」
サラリーは曇り空を見上げながら言った。
「……」
まさかストレートにそこを言うとは思わなかった。
「ミノタウロスを瞬殺した挙句、私のことを助けて街まで運んでくれた人がいたの。薬舗のお爺さんに聞いてみたけど、性別も顔も何もかもがわからないんだー」
「……はい」
「私があの時間にあそこに行くことを知っていたのは、ギルドマスターとここの領主、そしてケイルだけなの」
真実に近づいていくにつれて、全身に緊張感が走る。
「そうなんですか……」
俺は素っ気なく返事をした。
「もしかして……私のことを助けてくれたのはケイル?」
サラリーは俺の目を見ながら小さく笑っていたが、それに対する俺の答えは決まっていた。
「……違います。俺はただのEランク冒険者なので……」
俺はサラリーからフッと目を逸らしてから答えた。
「だよねー。私のことを助けたのはケイルかタケルだと思ったんだー。あっ、タケルっていうのは三年前まで同じパーティーだった人なんだよね。あんなに早いのはタケルしかいないしね。もしそうなら、なんで助けてくれたのかなー」
そっちはどう思っていたかなんて知らないが、俺からしたらかけがえのない仲間だったんだ。
「……何か大切な約束を……守ったのかもしれないですね……」
「約束かー……。でも、タケルの実力でミノタウロスを倒せるとは思えないしなー」
もう覚えてなんていないとは思うが、サラリーはどこか懐かしむように言った。
「その人は……タケルさんはどうしてパーティーを抜けたんですか?」
俺はサラリーの目を見据えて質問を投げかけた。
「うーん。ロイ、あ。ロイはうちのリーダーね。ロイが一番嫌がってたからねー。これじゃあSランクにはなれないって一年くらいは嘆いてたかなー。現にタケルが抜けてからたったの一年でSランクになったしねー!」
俺は夢から覚めたように目が眩んだ。
憤る気持ちは奥歯を噛み締めることで抑える。
「……タケルさんは今どこに?」
俺は小さな期待を込めて言葉を紡いだ。
「死んだんじゃないかな? 泣きながらどっか行ったよ。ついこの前まですっかり忘れてたけど」
だが、サラリーの口から出てきたのは俺の期待を簡単に裏切る言葉だった。
あぁ……。俺は俺のことを追放した三人を後悔させたいがために努力をしてきたのに、俺の存在すら忘れていたのか。
「……そうですか」
俺の右手は無意識に刀に手を掛けていた。
「うん。そこで一つ提案なんだけどさ、私と一緒に王都に行かない? お金ならたくさんあるから、武器も防具もなんでも手に入るし楽しいよ? ロイに頼んで稽古もつけてもらえるしね。どう?」
普通の冒険者なら願ってもない誘いだが、俺は違う。
今の『漣』は、地位や名声、金が欲しくて冒険者をしているとしか思えない。
もちろん大事な要素だが、昔みたいな助け合いや協力なんてものはとうに忘れてしまったのだろうか。
「……ごめんなさい」
俺に断る以外の選択肢はなかった。
「……理由を聞いてもいい?」
理由……。俺の頭には、一緒にパーティーを組んでくれた二人の顔がすぐに浮かんだ。
「——俺は……《俺には》、仲間を切り捨てることはできないので」
俺はケイルではなくタケルとして、これまでにないくらい強い意志を乗せて言葉を伝えた。
「……!? ふーん。私はもう行くね。ばいばい。ロン毛のおにーさん」
サラリーは核心を突かれたようなギョッとした表情を浮かべると、挨拶もそこそこにそそくさとこの場を後にした。
「……なんなんだ、この虚無感は……」
この時、分厚い雲を押し除けるようにして顔を出した綺麗な月が、目の前の青く美しい泉に反射して周囲を照らしていた。
俺はどこかでサラリーに期待していたのかもしれない。
だからこうして話もしたし、深く質問をした。
でも、そんなのは幻想だった。
こんなことを思うのは間違えているのかもしれないが、思わずにはいられなかった。
《なんで助けたんだろう》。
◇
「ただいま」
「遅いよ! もうお腹ペコペコだよー」
「僕も空腹で死んでしまいそうです……」
屋敷のドアを開けると、二人は机の上でスライムのように溶けきっていた。
「すまない。少し用事があってな」
二人に迷惑はかけられないので、気持ちを切り替えてから屋敷へ戻った。
「じゃあすぐに作っちゃうから、先に着替えてきてね!」
アンはラックに掛けられたエプロンを取りながら言った。
「……何も聞かないのか?」
「誰にだって秘密はありますから。でも、いつか私たちにも教えてくださいね?」
シフォンの言葉に後ろにいるアンも小さく頷いていた。
「ああ。もう少し時間が必要かもしれないが、必ず教えるよ」
この二人を切り捨てることなんて俺にはできない。
さっきの選択は間違えてはいなかったのだろう。
「うん! そういえば、街の人に聞いた話なんだけど、近日、五組のSランクパーティーから選ばれた四人の精鋭が魔王城に乗り込むらしいよ!」
魔王城か……。所在地は王家と冒険者の中でも一部の者しか知らない地獄への入り口だ。
二十年ほど前に当時の選ばれし四人の精鋭が一度だけ魔王城への遠征を行なったと文献で見たことがある。
結果は、たった一人の魔王軍幹部を相手に壊滅。
その後はなんとか生きながらえたが、冒険者として第一線からは退いたらしい。
「……そうか」
「勝てるといいねー。いつか私たちも大活躍して選ばれたいね!」
「はい! 僕はサラリー様と共闘したいです!」
二人は元気よく話しているが、そんなに甘くはないはずだ。
どうなるかは来週の結果を待つしかないか。
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