第8話 アンvs大男フランク
シフォンがパーティーに加わった翌日。
俺たちはFランク冒険者としてクエストを幾つかこなしたので、Eランクの試験を受ける資格を手に入れており、試験を受けるための手続きを済ませていた。
そしてこれから試験が始まるところだが、Fランク試験の時よりも人数は半分ほどなので、待ち時間はかなり少なくなりそうだ。
とっとと終わらせよう。
「俺がEランク試験を担当する試験官でDランク冒険者のソニーだ。魔法使いは詠唱スピードと威力、剣士は前回と同じく模擬戦だが、勝った方だけが合格となる。質問は? ないか? では、それぞれ散らばれ」
それにしても、この試験官。
すらっとしてるし、身長は百八十センチ以上はあるな。
同じDランクのルークよりも全然強いんだろうな。
「師匠! がんばってくださぁーい!」
そんなことを考えていると、部外者なのに部屋に入ってきた弟子のルークが、大声で俺のことを応援していた。
頼む。恥ずかしいからやめてくれ……。
ルークの隣にはいつの間にやら知り合ったのかシフォンの姿もあり、拳を胸の辺りで小さく握っていた。
俺はルークのことは無視したが、シフォンのエールには俺も同じポーズをしてしっかり答えた。
「タケルさん! どうしよう、緊張する!」
隣にいるアンが歯をかたかたさせながら緊張していた。
「大丈夫だ」
「で、でも、私、バトルボア以来、まともに戦ってないよ?」
「試験を受けにきた人たちはバトルボアよりも遅いから見切れるはずだ。それに、剣術はできるんだろ?」
Eランクのモンスターの中でもバトルボアは早い方だ。
合図があったとは言え躱すことができたのだから、よっぽどの手練れに当たらなければ大丈夫だろう。
「な、なんでわかったの!? 私が剣を振るとこなんて見たことあったっけ?」
アンのしっかりとした戦闘を俺はまだ見たことがないが、昔から剣を握っていることはすぐに分かった。
「手のひらが剣士のそれだからな。小さい頃から嗜んでいたのか?」
「よ、よくわかったね。実は私ね、お父さんが——」
アンが父親のことを告げようとしたその時だった。
「次は、そこの赤髪の女と最後尾にいるフランク! 前に出て、両者構えろ!」
ちょうどよくアンが呼ばれてしまった。
試験官にフランクと呼ばれた対戦相手はニメートルくらいの身長に、でっぷりとした腹が特徴的な大男だった。
アンとの身長差は、約五十五センチ。
「デュフフ。小さな小さな子猫ちゃんが相手かぁ。たっぷり可愛がってあげるからねぇ」
アンの姿を確認したフランクは、ねっとりと耳に纏わり付くような口調で舌舐めずりをしながら言った。
「……」
それに対し、アンは表情を変えずに無言で剣を抜き、両手でしっかりと構えた。
「では、始めぇ!」
試験官はフランクと知り合いらしく、軽く目を合わせた後に開始の合図を出した。
「じゃあ、僕からいくよぉぉ!」
フランクは刃渡りが五十センチほどの双剣を腰から抜いた。
そして、その巨体からは想像もできないほどのスピードでアンに接近し、力と手数に任せた乱雑な攻撃を次々とお見舞いしていく。
「っ!?」
「やるじゃないかぁ! でも、防戦一方だよねぇ? デュフフフフ」
唾液の音でも聞こえてきそうな、ただ十分な余裕を感じさせる笑みを浮かべながら、防戦一方のアンを攻め続ける。
このままだとまずいな。
アンはフランクのスピードをなんとか目で終えている状態だが、双剣の手数の多さに反撃の隙も与えられていない。
周囲は打ち合いがヒートアップするとともに騒がしくなり、皆が一様にフランクを応援していた。
「フランク! いけぇ!」
「ハッハッハ! やっちまえー!」
「このまま行けば勝てるぞぉ!」
そうか。この分だと外野の人間が口出しするのも大丈夫なようだな。
なら俺も一つアドバイスだ。
「アン! ファストウィークラビットを思い出せ! そいつはそれよりも遥かに遅いぞー! 剣を目だけで追うな!」
アンがフランクの双剣を受け切れているのも、体がスピード感覚に慣れているからだろう。
戦闘中の緊迫した空気感では頭が上手く回らずに、どうしても焦りが出てしまうことも多い。
アンならこの程度の相手はどうにでもなる……はずだ。
アンは周囲の喧騒に紛れた俺の声が耳に届いたのか、チラリとこちらを一瞥した。
刹那。アンの動きが大きく変わった。
以前まで剣で受けていた攻撃を見切り、ヒラリと躱すことでフランクの重心のブレを誘い、自身の手数を徐々に増やしていった。
フランクの攻撃を先読みし、乱雑な双剣の嵐を捌いていく。
「こっち! こっち! こっち!」
俺が山に連れて行った日からファストウィークラビットの討伐に自ら赴いていたのか、あの時とは見違えるほど動きが良くなっていた。
「……ッッ!! デュフ、デュフフ!」
時間と共に激しさを増すアンの剣筋に対して、次第にフランクは余裕をなくしていった。
フランクは不利を悟ったのか、力任せにアンを押し返すことで大きく距離を取った。
「はぁ、はぁ。デュフフ……。中々やるねぇ。でも、この一撃で決めちゃうからねぇぇ!」
疲れ切った様子のフランクは、双剣を手元でクルリと回すと同時に駆け出した。
どうやら、最後の一撃にかけるようだ。
騒がしかった周囲もそれを理解したのか、アンとフランクの間には静寂が訪れていた。
「行くよ!」
アンもフランクに少し遅れて勢いよく床を蹴った。
「デュフフ! デュフフッッ!
フランクは指先を器用に使い、双剣をクルクルと回しながら鬼気迫る表情でアンに双剣を振るった。
しかし、アンは余裕のある動きで迫りくるフランクの懐に入るように、重心を低くしながらスルリと躱し、剣を振るうと同時にポツリと呟いた。
「……一閃」
◇
「師匠! アン嬢! 合格おめでとうございます!」
「ぼ、僕はアンと大男の戦いに胸が熱くなりました!」
アンは辛くも勝利を納め、Eランク冒険者になる切符を手に入れた。
「ありがとう! タケルさんのお陰だよ!」
「地道な努力が生んだ結果だ。もっと誇っていいと思うぞ?」
アンは俺の真似をしたのか、最後は『一閃』と言いながら剣を振るった。
大男、もといフランクの出っ張った腹に剣を寸止めしたところで、試験官が模擬戦の終了を告げたのだった。
「そ、そうかな? えへへ。あっ! 受付さん! 私、Eランク冒険者になりました!」
アンは恥ずかしそうな笑みを浮かべていたが、この喜びを誰かに伝えたかったのか、こちらに向かって歩いてきていた受付嬢と、その後ろにいたサクラに声をかけた。
「あらあら。おめでとうございます! Eランク冒険者になると緊急クエストにも招聘されるようになるから、忙しくなるわよ」
後ろにいるサクラは、そんな二人の会話を微笑ましそうに見ていた。
「え!? そ、そうなんですか。益々強くなる必要がありますね」
緊急クエストは、街が危険にさらされるとギルドの上層部が判断したら発令される。
俺はこれまで緊急クエストを経験したことはないが、今後も発令されないことを祈るばかりである。
「タケルさん! 今日はみんなで乾杯しない?」
「——え……? タケル……くん?」
アンの言葉を聞いたサクラは柔らかい表情から一転して、手に持っていた書類をパラパラと床へ落とし、死人でも見つけたような表情になっていた。
「久しぶり。サクラ」
やっと気づいてくれた。
実に三年ぶりの会話だ。
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