第21話 思い合い

 おばあさんは、手伝うのを断るとゆっくりとカートを押しながら買い物をする。正直俺にはその理由がいまいちわからなかった。俺は、牛乳だけを買ってスーパーの外に出た。


「おう、どうやったんや?」


 外で待っていたサブローは、チラリとこちらを見て言った。


「手伝うって言ったんだけど、断られてしまったんです……」

「まぁ飼い主は猫に似るっていうからな、ばあさんもタマに似たんやろ」


「確かに雰囲気は似てるかもしれないですね」

「頑固なところもそっくりやんけ」


 この時、サブローの言った頑固というのは手伝うのを断った事なのだと思った。でも、そのあと、スーパーを出てきたおばあさんと話す事になり、少し意味が分かった気がした。


「あらあら、さっきのお兄さん」

「買い物は大丈夫でした?」


「ええ、毎日続けている事ですもの心配かけちゃったかしら?」

「なんかすみません……」


「いいのよ、私の意地みたいなものなのですから。ところであなたも猫が好きなの?」


 おばあさんは、隣にいるサブローを見て言った。


「まぁ……」

「可愛いわよねぇ。わたしも猫を飼っているのだけど……」


「けど、どうかしたんですか?」

「うちの猫、最近どこか変なのよ。あなた、その子と仲良さそうだから何かわからないかしら?」


 彼女は少し心配そうな表情でそういった。もし、ここで猫と話せる事を言ったとして、信じてもらえるのだろうか、変に怪しまれても困るとも思い少し考えてしまう。


「サブローさん、なんか変なんだって」

「ちょっ、神さんなんで今話しかけんねん!」


「だって、会話できるの見せた方が早いだろ?」

「そういう事かいな、まぁそれならタマの話してもええんちゃうか?」


「それは怪しまれない?」

「わしに聞いたって言えばええやんか」


 確かに、それはそうだと思い、俺はおばあさんに話してみることにした。


「あなた、猫と話せるのかしら?」

「そうなんですよ」


「わたしもうちの子の考えている事は大体わかるけど、そのまま話せるのはすごいわねぇ……」

「サブローに聞いたのですけど、おばあさんの猫ってタマですか?」


 それまでは半信半疑だったのかもしれない。だが、そのことに触れた途端に彼女は表情を変えた。


「どうして、それを……?」

「さっきも言ったんですけど自分猫と話せるんですよ!」


「それは、うちの子とも話せるの?」

「ええ、まあ……猫なら大体は話せると思いますよ?」


「なんだか、小さい頃に見た猫神様みたいねぇ……」


 俺は、その言葉に驚いた。おばあさんは多分、先代の神様に会ったことがあるのだろう。


「もしかしたら猫神様かもしれませんよ?」

「あら、自分から言う神様なんて面白いわね」


「それで、サブローから聞いた話を伝えても良いですか?」

「少し怖いわね、でも聞くわ」


 そういうとおばあさんはそっと目を閉じた。無理もない、今まで過ごしてきた猫がどう思っているかを聞くのは覚悟のいる事なのだろう。俺はタマが話していた捨てられると思っている事、これから野良猫で生きていける事を見せるつもりだという事を伝えた。


「あの……信じてもらえました?」

「ええ、あの子がそんな事を考えていたなんて。ここ半年くらいのおかしな行動が納得できたわ」


 おばあさんは、そういうと目に涙を浮かべている。


「それじゃあ、やっぱりタマは……」

「わたしはそんなつもりはないのだけど、タマには心配かけちゃったわね」


「それじゃあ……」

「同居を進められているのは本当よ、息子夫婦が心配してくれているのはありがたい事なの。だけど、あの家もタマも手放すなんて考えられないわ」


「それなら、家は……」

「神さん、引っ越しせえへんってことかいな?」


 もし、おばあさんが引っ越さないのであれば、タマも今まで通り過ごせる。そうなれば今回の件は一旦解決するわけたが……本当にそうなのか、まだ何かあるかもしれない。


「引っ越しはしないわ……でもねぇ……」

「でも、なにかあるんです?」


「そう思っていてもどうしようもないものもあるの……」

「でも、引っ越しはしないんですよね?」


 タマはここまではきいているのだろう。それで、おばあさんの意志と関係なく引っ越さなくてはいけない、自分を捨てるしかないと思い今回の行動に出たのだ。


「わたしもタマもそう長くはないのよ……」


 仕方のない事というのは、そういう事なのか。別に最初からおばあさんは引っ越しするつもりもタマを捨てるつもりはなかった。だけど、結果的にそうなってしまう可能性があるという事なのだ。


「そんなに悪いんですか?」

「わたしはこの通りなのだけど、タマも腎臓が悪いの……多分あの子気丈にふるまっていてもしんどいとおもうのよ……」


「うそや、タマはそんなん言ってへんかったで!」


 サブローは声を荒げる。


「タマの病気って本当なんですか?」

「ええ、私が病院に連れて行っているのですもの……もしかしたらあの子は頑固だから、周りにはわからない様にしているのかもしれないわね」


 こんなの、どうしたらいいんだよ。神様の力も使えない、何一つ解決することがない……。


「教えてくれてありがとう、あの子の事知ることが出来た気がするわ……」

「いえ、自分はなにも出来てないですよ」


「もし、あの子と話す事があれば伝えてくれるかしら?」

「いいですけど……何ですか?」


「わたしは、どちらが先になっても一緒に居たいと思っているのよ」

「わかりました……」


「もし、あの子が独りぼっちになってしまったらその時はよろしくしてあげてね?」


 返事をすると、おばあさんは悲しいような、喜んでいる様な不思議な表情をした。


 それから1週間後、タマとおばあさんが死んだことをサブローから聞いた。きっとあの時二人は思いがつながるのを待っていたのかもしれない。双方がお互いの事を考え、少しだけすれ違っていたのだろう。


 悲しい気持ちにはなったけど、いつかこんな風に思い合える人や猫と出会いたいなと思った。

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