第9話 神様もわからない

 ビルまでは歩いて行ったとしてもすぐに付く。道の途中、おじさんは何度も不安そうに足を止めた。


「すみません、本当に大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫です、任せてください!」


 本当は確証なんてなかった。だけど、どこかでどうにでもなるような、サブローさんなら失敗してもどうにかするだろうといった根拠の無い自信がある。


 ビルの前に付くと、意外にも周りは静かだった。彼はちゃんとできたのだろうか? それまでの自身に影を落とすように不安な気持ちが膨らむ。


「ここですね!」

「はい、そうなのですが……」


 おじさんは、信用してはいたのだろうけど不思議な顔をする。


「あなたは何者なんですか?」

「願いを叶える猫……とでも言っておきましょうか?」


「猫ですか……」


 多分、彼は自分がお参りに行った神社が猫神神社だった事なんて気づいていないのだろう。だからこそ、そのうち気付けばいい……そんな風に考えた。


 僕たちは、そばの入口から階段を上る。暗い階段はいかにも怪しい事務所といったような雰囲気を出している。悪徳な商売をするにしてもこんな所を選ばなくてもいいんじゃないか?


「このドアを開けたら、自分の言う通りにしてくださいね!」

「も、もちろんです……」


 返事を聞いてドアを開けると、なぜか中には机の上に正座をした男と何かの若旦那のような男が前に立っているのが見える。正座をしている男は俺達に気付くとドス聞いた声ですごむ。


「お、お前の差し金だったのか!」


 そういった瞬間、若旦那は平手打ちをかました。えっ、ちょっとなんかやりすぎじゃない?


「なにしゃべっとんねん」

「は……はい……」


 喋り口調で、その若旦那がサブローさんだという事に気付く。ミイコと違い、ヤ〇ザにしか見えない姿は、人化した彼だった。


「なんや、こいつらお前の仲間なんかい?」


 サブロー旦那がそういう言うと、男は不思議な顔をした。


「こいつに雇われたんじゃないのですか?」

「雇う? 何の話や?」


「それじゃぁ、なんでこいつらはここへ?」

「なんやお前? こいつらに何かされるような事しとんのかい?」


「い、いや……」


 迫力たっぷりのサブローに男はなすすべもない様な顔をする。


「おう、おまえら……こいつに用があるんか?」


 そういってこちらを向くサブロー旦那の後ろで男は口をパクパクさせて何かを伝えたそうだ。そんななか、俺はおじさんに小声で指示を出した。


(今です、言ったとおりにしてください)

「ホントにやるんですか?」


 俺はコクリと頷くと、大根役者にスイッチがはいる。


「妖怪退治に来たのですが、襲われているのは貴方だったのですか?」


 おじさんがそういうと、俺以外の全員にはてなマークが飛び出す。


「な、なにを言っているんだ? 妖怪? また、何かを始めたのか?」

「ええ、お金が無いので、こんな仕事を始めましたよ」


「やっぱり、お前らグルだったのか! どう見ても妖怪じゃなくヤ〇ザじゃないか!」


 そういった瞬間、俺はサブローにウインクした。サブローは(任せとき!)と自信満々の顔で言った。


「なんや、わしの正体を見破るやつがおるとはなぁ……」


 サブローがそういうと、男は声を震わせる。


「あの……何をおっしゃっているので?」

「あ? わしが妖怪やっていうはなしやろ?」


 サブロー旦那はそういいながら猫の姿に近づいた。


「あ、あ、うあぁぁあぁ!」


 男は顔を真っ青にして、歯をガクガクと震わせた。それと同時に俺は驚くおじさんの背中をたたきここで交渉するよう囁く。


「え? 今交渉するんですか?」

「そう! 今しかないですよ!」


 おじさんは勇気を出したのか、声を上げる。


「妖怪め、私が退治してやる! だが……」


 そこでおじさんは頭が真っ白になってしまったようだ。俺はすかさずサブローに首で合図を送る。


「なんや、あんさんこの男たすけてもええことないんちゃうか?」

「そ、そうだが……」


 おじさんは、作戦とは関係なく普通に悩み始めた。


「それやったら、わしがこいつを殺してからの方がええやろ?」

「……たしかに……」


 そうおじさんが言うと、男はあわてて叫ぶ。


「ま、まってくれ……」

「なんでしょう?」


「これまでの事は謝る、謝るから助けてくれ……」

「いや、あやまって済む問題じゃないですよ」


「そ、それはわかっている……」

「私はあなたのせいで、いろいろなものを失ったんです。正直、助けるどころかどさくさに紛れて殺したいとも思っています」


 そういったおじさんは、おどおどした様子が無くなる。そう、あの時神社で願い事をした時の禍々しい雰囲気を吐き出していた。


「出来る事ならなんでもする、なんでもするから助けてくれ」

「あなたにしていただいたところで、私の失ったものは帰ってはきません」


「なるほどなぁ……あんさんえらい悪い事してるみたいやなぁ。そんな奴の魂はわしは大好物やで?」


 サブローはアドリブを効かせたのか、それともガチなのかわからない口ぶりで二人をあおった。解決の指示を出そうとおじさんに囁いた。


(ここで条件をたたきつけて、それを飲んだらお札を使ってください!)


そう囁いたのだが、ここで俺の計画外の事がおきてしまう。


「すみません、私はなぜこの男を助けなければならないのでしょうか?」

「い、いや……さすがに殺すのは、というか仕込みだし……」


「仕込みだったとしても、あの方は本当に妖怪ですよね?」

「まぁ……そうだけど……」


「でしたら、私の命も差し出しますので殺していただけませんか?」


 ちょっとまってくれ、そんなの計画にはなかったぞ……ここまで上手くいっているじゃないか。なんで急にそんなこと言うんだよ……。


「はぁ……あんさんら見てられへんわ……」


 サブローさんはため息まじりにつぶやいた。


「妖怪のワシが言うのもなんやけど、なんでそんなに死にたいんや?」

「あなたには、わからないですよ……」


「わからへんなぁ、死にたい奴の気持なんかわからへんわ。でもな、今まで失ったもんは生きてへんかったら取り戻されへんのやで?」


「それは……でも無理ですよ」

「なんで無理やねん。隠れても、逃げても、泥水すすっても生きたらええやんか。それで、また何円かかってもあえばええんや……取り戻していったらええんや」


 サブローは、過去に何かあって思うところでもあるのだろうか? それともただの人情おじさんなのかはわからないが、どこか説得力があり、その場が静まった。


 おじさんは、男の近くに行き一言いった。

「もう、かかわならいでもらえますか?」


 男は激しくうなずくと、おじさんはこちらを向いていった。


「すみませんお札をもらっていいですか?」


 俺は、おじさんにお札をわたすと、サブローに向け合わせる様にサブローは姿を消した。





 あの後、男はおじさんに返せるものは返したようだった。もう関わらないと言っていただけにそのことを不思議に思う。


 今回の事は、サブローが解決したのだと思う。俺はきっかけを与えただけで、実際作戦は全く予想外の方に進んでいたのだ。


 縁側で、木を眺めながら考えていると、隣に大きな三毛猫が丸くなっていた。


「わしは今回は成功やと思うで?」

「サブローさんがそういってくれると嬉しいですよ」


「まぁ、次もがんばろうや?」


 葉の擦れる音がどこか心地よく、昼寝でもしたい気持ちになった。

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