第5話 会社の事が心配

 神様になってから1週間が過ぎようとしている。

 ただ、ずっと気になっていた事があった。


「なぁ、ミイコ」

「にゃんですかにゃ?」

「俺の仕事先がどうなっているのか見てみたいんだけど、だめかな?」


 ミイコは目を逸らす。


「なぁ、見るだけだからさぁ……」

「ま、まぁいいんじゃないですかにゃ?」


 明らかに何かを隠していそうなミイコが気になる。


「お前、何か隠してるだろ?」

「そんな事ないですにゃ〜ん」


 クロだ。こいつは色は白いけどクロだな。

 だけど、ミイコに任せて確認をしなかった俺も悪い。とりあえず現状を確認をする為に人が来なくなる夕方過ぎに見に行く事にした。


「ほ、本当に行くんですかにゃ?」

「やむを得ない形とはいえ、会社に迷惑かけてしまっているかもしれないからね」


 ミイコは何やらブツブツ言っている。

 夕焼けの空の色が暗く変わろうとしている中、オフィスまでの道のりを歩いていると、丁度通勤で使っていた道に差し掛かった。


「ふぁ〜、この通勤路、使わなくなってまだ1週間しか経ってないのに懐かしいなぁ」


「その角を曲がれば会社のビルですにゃね? 本当に見るんですかにゃ?」

「やっぱり何か隠しているだろ?」

「わたしは神様の事を思って言ってるんですにゃ」


 意味のわからない言い訳をしているミイコをよそに、オフィスの前に着く。姿を消して中に入ると俺の席には……えっ……猫?


 確かに猫の手で充分みたいな事をミイコが言っていた気がするがそのまんまとか酷すぎないか?


 ミイコの首を掴み問いただす。

「どういう事だよ!? 普通に猫が椅子に座っているじゃねーか!」


「違いますにゃ!よく見るんですにゃ!」

「どう見ても猫なんだけど?」


 すると課長が猫に向かい話しかけようとしている。席に近づいて話を聞いてみる事にした。


「神代くん、例の企画良かったよ〜。本当、急に仕事が出来る様になったんじゃないか?」

「いえ、そんな事もないですにゃ」

「いやいや、以前とは比べ物にならないよ」

「それなら良かったですにゃ」


 ちょっと待って、なんで課長あれに気付いてないの? というか変わってから仕事が出来る様になったって……俺は猫の手以下じゃねぇか……。


「落ち込みましたかにゃ?」

「うん……ちょっと……」

「だから止めたんですにゃ……」

「だけど、課長はなんで猫という事に気付いていないんだ?」


 どう見ても猫に話しかけているだけの課長に違和感しか無く、その事が凄くきになった。


「それはですにゃ……」

「それは……?」

「課長がアホなんですにゃ」

「……」


「ちょっとまて、流石に猫と俺を間違えるような人ではなかったぞ! 仮にも俺の上司だったんだから」


「にゃにゃにゃ! 冗談ですにゃ」

「なんだよ……」

「でも、正確には半分嘘で半分本当ですにゃ」

「どういうことなんだ?」

「あの猫は神様やわたしたち以外からは神代さんにみえてますにゃ」


 なるほど……。

「それで、半分本当と言うのは?」

「うにゃ、でも見てわかるように仕事やコミュニケーションが変わっても気持ちを入れ替えたくらいにしか思ってないのですにゃ」


「そうか、別の人が来ていると疑っていない?」

「そう、見た目が全く同じ人が出てくる可能性よりも、意識が変わった可能性の方を信じるのですにゃ」


 確かに、大統領とかでも無い限り影武者とはおもわないだろうしな……。


「まぁ、それでも親しい友人や恋人、家族なんかは本来なら気づく筈にゃんですけど……」


「家族は疎遠、友達は滅多に会わない、恋人はいない……」

「そう! にゃのでなーんの問題もにゃいですにゃ!」


「うるさいな!」


 なるほどと、なんとなく理解した様に帰り道の足を進める。だけど、どこか心に穴が開いた様な気分だった。


 願いをかなえる。


 神様になってから、どうやってかなえるか? どうしたら満足してもらえるのか? と言った事ばかり考えてきた。


 でも、本当に願いは叶える必要がある物ばかりなのか? なんとなく、そんな事が頭を過ぎるとその日はうまく眠る事が出来なかった。


 ──次の日の朝。

 外は雨が降っていた。拝殿の中でも雨が屋根に当たる音が響き、土が雨に濡れた様な匂いが微かに漂っている。


 そんな中、境内に人が入ってくる気配を感じた。


「ミイコ、お客さんかな?」

「神様は商売じゃないですにゃーよ?」

「まあまあ、雨の日もくるんだなぁ」

「ふにゃ……でもこの方はあまり良くない雰囲気を出していますにゃ」


 そうして拝殿の縁側まで出てみると、傘もささずにびしょ濡れのまま賽銭箱の前に中年の男が立っていた。


 確かにこれは良くない雰囲気かもしれない。


 男は手を合わせると願いを言っているように感じる。何故か願いは響いてくる事が無かった。


「神様、心を読むにゃ!」


 ミイコに言われ急いで心を読むと、想像を超えた黒くドロドロとした恐ろしい願いがみえた。



 ──殺して欲しい。


 その禍々しさに縁側にペタリと座り込んでしまった。

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